4.2 花粉の遺伝子組換えをイオンビームで
   

図4-3

イオン照射による花粉殻の開裂  

 タバコ花粉に低エネルギーのHe2+イオンを照射した後、緩衝液に入れると花粉が水を吸収して膨張します。このときイオン照射により損傷を受けた花粉殻が、水の圧力に耐え切れなくなって開裂し、内部の花粉細胞質が外に出ます。

 

図4-4

イオンの飛程と開裂花粉の生成割合

 He2+イオンのエネルギー、すなわち花粉中のイオンの飛程を変えて照射すると、開裂花粉の割合はイオンの飛程が4 μmで最高値に達します。花粉殻の厚みは約1 μmであり、花粉の両端では飛程4 μmのイオンがちょうど花粉殻の中で停止します。イオン照射では物質中でのイオンの停止直前、いわゆるブラッグピーク位置でイオンから物質への大きなエネルギー付与が起こります。このためイオンの飛程4 μm程度で花粉殻の両端に最も大きな損傷を与え、したがって開裂花粉 の割合が最も大きくなります。


 病気に強い植物を作るなどの品種改良が、現在、遺伝子操作の研究で行われています。植物の花粉に遺伝子操作を行うとき、最も難しいことの一つが花粉内部の細胞質や核を壊すことなく、花粉の硬い殻を破ることです。
 原研では、花粉や植物細胞に1 μmの精度でイオン打込みを制御できる照射装置を開発し、タバコ花粉にヘリウムイオン(He2+)をいろいろな飛程(花粉内でのイオンの深度)で照射しました。タバコ花粉(全体の大きさ25 μm)の表面から飛程4 μmのイオンを照射した時に、予想外にも開裂花粉(図4-3)の割合が大きく増加することを見出しました(図4-4)。花粉殻はg線や電子線などの透過力の大きな放射線では、花粉全体に放射線エネルギーが付与されるため、硬い花粉殻は容易に破壊されません。しかし、イオン照射では物質中の飛程が小さいため花粉殻にエネルギーが主に与えられ、内部の細胞質は損傷を受けません。特に、花粉の両端では花粉殻の中でイオンが停止し、ここでイオンから花粉殻への大きなエネルギー付与が起こります。このため花粉殻のセルロース鎖が切断され、緩衝液中で殻の開裂が最も起きやすくなったと考えられます。これはイオンビームによる新しい花粉殻の除去方法として注目を集めました。
 開裂した花粉では内部の花粉核(DNA)はまったく損傷を受けていないので、遺伝子操作後の受粉などによって病気に強い植物などを作る遺伝子組換えの研究を行うことができます。


参考文献

A. Tanaka et al., Penetration Controlled Irradiation with Ion Beams for Biological Study, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. B., 129, 42 (1997).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1998
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