1.1 微かに繋いで反応制御、ファンデルワールス力の不思議
   

 


図1-1  F+HD反応の場合の総反応確率の計算結果

総反応確率とは、HDの振動・回転の複数存在する初期状態について得られる反応確率の和をとったものです。二本の鋭い共鳴ピーク(MおよびN)がエネルギー0.2433 eVおよび0.2658 eVでみられます。この共鳴はF…HDという錯体に相当し、これを経由すると反応確率が飛躍的に大きくなることがわかります。

 


図1-2  ファンデルワールス分子をレーザー励起により分解し、化学反応させる

反応経路に沿うポテンシャルの入口と出口のそれぞれにファンデルワールス錯体(AB…C)および(A…BC)の擬束縛状態、そして共鳴状態も存在します。共鳴準位からは、トンネル反応を含む干渉効果により、飛躍的に高い確率(断面積)で反応側に移ることができます。

 


 原子や分子が低温で凝集するのは互いに引力が働くからですが、とりわけ隣り合う原子・分子内の電子の働きが相関をもつことから生じる非常に弱い引力がファンデルワールス力です。私たちは化学反応におけるファンデルワールス力の役割について計算をすすめ、新しいタイプのレーザー誘起化学反応の予言をしています。
 化学反応論の展開で重要なF+H2→HF+Hの反応については、これまで多くの研究者によって3つの原子核の相対座標の変化に対してポテンシャル曲面を分子軌道計算で求め、反応系のいろいろの衝突エネルギーの場合で反応確率が計算されてきました。衝突エネルギーがポテンシャル障壁の高さに達しないときでもH原子の量子論的トンネル現象で反応が進みます。私たちは、この計算にはじめて弱いファンデルワールス相互作用を考慮し、反応ポテンシャルの前後で形成されるファンデルワールス錯体(F…H2)および(HF…H)の擬束縛状態を最近可能になった大規模計算によって詳しく研究しました。
興味深いことは、反応系(F+H2, D2およびHD)のエネルギー準位と擬束縛状態の準位が重なりをもつとき量子論的な干渉効果で総反応確率が大きく変化する現象を見つけたことです(図1-1)。擬束縛状態には錯体を構成する分子の振動回転あるいは電子励起などの内部状態により多数の準位が存在し、しかもそれぞれの準位からトンネル反応を経て安定な生成系に移るチャンネルがあると、その準位は幅をもち干渉が起こり易いのです。
 そこでこの現象を利用して、化学反応を制御できると考えます(図1-2)。まずAB(基底状態)…Cというファンデルワールス錯体を、例えば分子ビーム中につくり、これをレーザーでAB(励起状態)…Cにします。これがトンネル反応を含む干渉効果で飛躍的に高い確率でA+BC側に解離を起こします。例えばH2、HD、D2の混合物から選択的にDF(フッ化重水素)を生成分離するなどの可能性があります。


参考文献

T. Takayanagi et al., Van der Waals Resonances in Cumulative Reaction Probabilities for the F + H2, D2, and HD Reactions, J. Chem. Phys., 109(20), 8929 (1998).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1999
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