1.3  超高エネルギー原子核衝突の核心に迫る
   

 


図1-5  硫黄の原子核同士の衝突(運動量6,400 GeV/c、cは光速度)で生成する負の電荷を帯びたハドロン数()と、反陽子を差し引いた正味の陽子数()のラピディティ分布。及びはCERNのNA35グループの実測値。ヒストグラムはPHCascadeによる計算値。bは2つの硫黄の衝突時の中心間の距離。はCERNのNA35グループの実測値。ヒストグラムはPHCascadeによる計算値。bは2つの硫黄の衝突時の中心間の距離。

 


図1-6 BNL(ブルックヘブン国立研究所)の重イオン加速器RHIC(Relativistic Heavy Ion Collider)の加速エネルギーでの硫黄原子核同士の衝突で生成する正味の陽子数のラピディティ分布のシミュレーションの結果の比較。PHCascadeはParton Hadron Cascadeの略です。

 


 陽子、反陽子、中間子等のハドロンの構成要素であるクォークやグルーオンの振る舞いを観測するためには原子核に超高エネルギーを与えて高温高密度状態を作り出すことが要求されます。そのため核子当り数千億電子ボルト以上の高速重イオンを重い原子核に衝突させた時に起る過程の研究が進められています。
 衝突事象の時間展開は、平衡前状態を経てクォーク・グルーオンプラズマの局所的な熱平衡状態が達成されたあと、ハドロンの形成へと進むとされています。超高エネルギーの実験は多く行われていますが、まだ決定的証拠はないのが現状です。
 ここでは自由粒子として振る舞うクォークとグルーオンに対応するパートン粒子とハドロンの混合カスケードモデルを導入し、硫黄原子核同志の衝突過程のシミュレーション計算を行いまし。
 図1-5はCERNの実験で、生成する負のハドロンと正味の陽子数のそれぞれに対するラピディティ分布の計算値を実験値と比較したものです。ラピディティは運動量の、異なる入射方向への移行量の目安を与える量です。この結果は、計算値が良く一致し、PHCascade法が現象をよく記述できることを示しています。
 図1-6はBNLのRHICで計画されている、より高エネルギーのSとSの衝突実験において、正味の陽子数のラピディティ分布を他の2つの代表的なモデル計算、HIJING及びVNIと比較した結果です。注目すべきところは、中心領域(−2 < y < 2)です。HIJINGやVNIは中心領域でラピディティ分布がほぼゼロに等しいがPHCascadeでは、有限の値を持っています。中心付近のラピディティの値が大きいほど正味の陽子密度が大きい状態ができていることを示しています。私たちの計算ではRHICにおいて陽子、中性子などの密度(バリオン数密度)が他のモデルとは異なり有限であるプラズマが生成されることを予測しています。


参考文献

Y. Nara, A Parton-Hadron Cascade Approach in High-Energy Nuclear Collisions, Nucl. Phys., A638, 555c (1998).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1999
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