5.2 液体にも秩序構造、X線回折と並列計算で確認
   


図5-4  溶融UCl3(1,150 K)におけるX線回折パターン

鋭いFSDP(First Sharp Diffraction Peak、第1回折線) と呼ばれるピークを解析した結果、約0.6 nmの大きさを有する八面体配位構造の存在が確認されました。

 


図5-5  大規模化のイメージ

液体の構造情報を正しく得るためには、秩序構造の無くなる距離までを網羅した十分な大きさを有する系を使用する必要があります。八面体が頂点を共有している場合、サイズは1.2 nmにもなります。十分な情報を得るためには数万粒子に達する大きな系を扱わなくてはなりません。

 


図5-6  溶融UCl3の部分相関関数gU-U(r)

図の曲線は中心のUイオンから見て他のUが認められる確率を距離の関数として示しています。曲線の振動が減衰してgU-U=1に収束しているところが、中心イオンから見て構造秩序が消失するところです。8,000粒子系以上になってようやく振動が十分減衰して、gU-U=1にほぼ収束しています。

 


 高温融体とは物質が融解して液体になったもののことです。液体では結晶と違って原子が無秩序に並んでいるというのが常識ですが、実は比較的短い範囲に秩序的な構造が存在します。この秩序の形態が液体の物性に大きな影響を及ぼします。私たちは融体の構造と物性との相関を明らかにすることにより、融体を用いた新技術、例えば溶融塩化物中で使用済み燃料から超ウラン元素を分離する乾式処理技術開発に役立てようとしています。そのために、高温X線回折などの実験と計算機シミュレーションとを組み合わせた研究を進めています。
 例えばウラン三塩化物(UCl3)融体では、(1)U3+イオン周囲に6個の塩化物(Cl)イオンが配置された、大きさ約0.6 nmの八面体構造が存在すること、さらに、(2)単純な液体より長い範囲に秩序構造があること、をつきとめました。三塩化物では、[(UCl63−]八面体を完全に形成するためにはClイオンが不足しますから、隣り合う八面体同士がCl−イオンを共有する必要があります。このClイオン共有によって比較的長い距離にわたる構造(ゆるいネットワーク構造)が出現するのです(図5-4)。
 さて、融体構造の計算機シミュレーションは各所で行われてきましたが、実は大きな問題がありました。これまではイオン数にして1,000粒子程度、立方体の箱として一辺約3 nm程度の集合しか扱えませんでした。これでは小さすぎて、一つが約0.6 nmもある八面体が組み合わされて形成されている秩序構造を扱うことはできません(図5-5)。私たちは融体構造の計算機シミュレーションに並列処理技術を導入し、数万粒子の集合を容易に扱えるようにしました。これによって初めて、融体中の秩序構造が正確に捉えられるようになってきました(図5-6)。
 今後は実験データを積み重ねることにより、シミュレーションに用いるイオン間ポテンシャル関数の精度を上げていき、超ウラン元素を含んだ融体の物性予測に迫っていくつもりです。


参考文献

Y. Okamoto et al., Structure and Dynamic Properties of Molten Lanthanum Tribromide, Z. Nat. Forsch., A:Phys. Sci., 54a (2), 91 (1999).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1999
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