6.2 反物質である陽電子が見たシリコンの最表面
   


図6-3  水素原子を反応させたシリコン結晶[111]表面の反射高速陽電子回折

写真の白くなった点は陽電子が結晶表面で反射され、干渉してできた回折図形。これらの回折スポットは結晶表面の原子位置(逆格子)に対応しています。 面は結晶に対する陽電子の入射方向を示します。

 


図6-4  シリコン結晶[111]表面からの回折スポット(00)の反射陽電子強度と陽電子の入射角度の関係

通常の電子回折では、入射された電子が結晶内の原子核からクーロン引力を受けて、結晶内に深く引込まれ、結晶内部の影響を大きく受けます。これに対し、陽電子では結晶原子の原子核からのクーロン反発力で、入射角度によって物質の最表面から2、3層までしか入らないようにできます。入射角度2゜以下で反射陽電子強度が著しく大きくなる全反射現象と入射角度1.5゜付近で1次のブラッグピークが観測されました。これは理論的に陽電子回折で予測されたことと一致します。

 


 陽電子は私たちの物質世界を構成している電子の反物質で、自然界には存在しません。陽電子は高エネルギー加速器や放射性同位元素から取り出すことができますが、陽電子で物質をみると電子とは違ったことが見える場合があります。例えば、物質の最表面は今でも本当にどうなっているか分からないところがあります。ところが、陽電子ビームを結晶表面に入射させると、結晶の第一層のみで全反射されることが理論的に予言されていました。このことは、陽電子が結晶表面構造で非常に敏感な回折を起こし、結晶の最表面構造を原子の大きさで分析できる可能性を示しています。
 原研では、数10 keVに加速した平行性の高い陽電子ビームをつくり、それをシリコン結晶表面すれすれに入射させることにより、反射高速陽電子回折(RHEPD)実験に世界で初めて成功しました(図6-3)。測定された結晶面からの反射陽電子強度と陽電子の入射角との関係は理論的に予測されたことと良く一致し、この現象が陽電子回折であることが示されました(図6-4)。さらに、結晶表面での高精度な陽電子の全反射測定により、水素で処理したシリコン最表面に形成された1原子層程度の結晶構造の乱れが見いだされました。
 陽電子の全反射を用いることにより、物質表面での吸着現象や構造の解析、表面デバイ温度の測定がより精密に行えるようになると期待されます。


参考文献

A. Kawasuso et al., Reflection High Energy Positron Diffraction from a Si(111) Surface, Phys. Rev. Lett., 81(13), 2695 (1998).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1999
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