6.3 放射線が作る環境に優しい耐熱性プラスチック
   


図6-5  ポリカプロラクトン(PCL)の放射線による橋かけ

PCLに放射線を照射すると、分子鎖間で橋かけ反応を起こし、熱に融けなくなったり、溶媒に溶けなくなったりします。

 


図6-6  過冷却状態でのポリカプロラクトン(PCL)の放射線橋かけ

ゲル分率は照射によって溶媒に溶けなくなったPCL量の割合で、橋かけ反応の進行の程度を表すものです。通常の固相状態ではPCLの放射線による橋かけ反応はあまり進みません。一方、融解状態での照射では架橋反応速度は大きいが、生成した架橋PCLには多数の空孔ができ使うことができません(a)。過冷却状態の照射では、橋かけ速度は大きく、得られた架橋PCLの耐熱性は60℃程度向上します(b)。

 


図6-7  放射線橋かけポリカプロラクトン(PCL)の生分解性

PCLは土壌中の微生物によって最終的に水と炭酸ガスに分解されます。放射線照射によってPCL中にできた架橋結合が微生物による分解性を阻害する可能性が考えられました。しかし、橋かけの程度が高い50〜100%ゲルのPCLも未照射の0%ゲルのPCLとほとんど同じように土壌中の微生物によって分解されます。

 


 プラスチックは今や私たちの生活になくてはならない便利な材料ですが、使用量が増えるにともないプラスチックの錆びない、腐らないという特性が環境に大きな負荷を与えるようになってきました。木綿、羊毛、絹などの天然高分子のように、土壌中の微生物によって分解・消化される高分子、いわゆる生分解性高分子の実用化はその解決策の一つです。合成高分子であるポリカプロラクトン(PCL、図6-5)は生分解性があることで注目を集めていますが、融点が60℃と低いため使用温度が限られるという欠点があります。
 原研ではこれまで培ってきた高分子の放射線橋かけ技術を用いて、PCL高分子の生分解性は損なわずに耐熱性を向上させて広く使える材料とする研究を行っています。PCLを60℃の融点以上の温度で照射するとよく橋かけしますが同時に放射線による分解も起こり、分解によって発生したガスのためにPCL中に空孔が多数発生して使用に耐えません(図6-6)。そこで、一度60℃以上で融解させてから45℃以下の温度に急冷すると、PCL高分子は結晶化することなく、無機ガラスのように過冷却状態で硬い固体となることが分かりました。この過冷却状態の固体を照射すると、効率的に高分子鎖間に橋かけが起こり、PCLが120℃程度の耐熱性をもつ高分子に改質することができました。
 PCLの最大の特徴である土壌中での生分解性は、高分子鎖中に橋かけが多く存在しても微生物による生分解性はほとんど変化せず、6ヶ月間の土壌中への埋設により50%〜60%は分解してしまいます(図6-7)。現在、いろいろな生分解性高分子の実用化に向けて研究開発が行われています。


参考文献

D. Darwise et al., Heat Resistance of Radiation Crosslinked Poly (e-caprolactone), J. Appl. Polym. Sci., 68, 581 (1998).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果1999
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