図4-13 Ti元素近傍の局所構造
図4-14 昇温反応中におけるTi吸収端シフトと水素放出強度の変化
化石燃料の代替として、水素を利用した自動車の開発が盛んに行われていますが、その実現のためには、より高密度で放出効率の高い水素貯蔵材料の開発が必須であります。マグネシウムボロハイドライド(Mg(BH4)2)は、15%もの高い水素重量密度を持つ物質で、将来の実用化が期待されています。難点として、水素放出温度が350 ℃と高いことがありますが、近年、チタン(Ti)を添加することで、水素が150 ℃付近から放出されるようになることが報告されました。
今回、X線吸収分光法を用いて、微量添加物であるTi元素の構造を選択的に観測し、水素放出に対してどのような役割を果たしているかの解明を試みました。Mg(BH4)2にTiを添加した試料に対して、Tiの局所構造を測定した結果(図4-13)、25 ℃から250 ℃の間でTiの局所構造が大きく変化しており、この構造変化が水素放出という物性の変化と対応していることが推測されます。
構造と物性との対応関係を正確に調べるために、X線吸収分光と水素放出強度との同時測定を行いました(図4-14)。150 ℃付近にある水素放出ピークと同じ温度領域において、Tiの吸収端シフトが大きく変化していることが観測されます。このことから、Tiの構造変化が直接の引き金となって水素が放出されたことが分かります。一方、350 ℃付近にある水素放出ピークの温度領域においては、Tiの吸収端シフトはほとんど変化しません。このことは、高温での水素放出に、Tiは直接関与していないことを表しています。解析の結果、Tiは添加直後にボロハイドライド構造(Ti(BH4)3)を形成し、150 ℃付近でホウ化物(TiB2)へと変化することが示され、Mg(BH4)2の水素放出温度低下の原因はこの脱水素反応にあることが分かりました。このように両者を同時に測定することで、構造と物性との相関を正確に調べることができました。
今回の研究により、微量添加物によってもたらされる水素放出温度低下についての詳細な機構を理解することができました。構造と物性との相関の更なる研究により、より良い性能を持つ材料開発が進むものと考えています。