図4-12 コヒーレントX線利用により観測された分域構造
結晶とは1023個ほどの原子が規則正しく並んだものを指しますが、図4-12の挿入図に示すように場合によってはその並び方が結晶全体にわたって均一ではなく、ある長さで規則性が変化する、いわゆる分域構造を自発的に作ることがあります。興味深いことに、この分域構造の大きさや並び方等を上手に制御すると、物質の持つ物理的性質を向上させられることが知られています。
このような分域構造由来の高機能化は強誘電体,巨大磁気抵抗効果,形状記憶効果等に広く見られるおよそ一般的な現象であり、共通した物理学的基盤を持つと考えられます。よって、分域構造の成立過程やそれによる高機能化との関係を解明することは工学的にも物理学的にも非常に重要なテーマとなっています。
この不均一な分域を観測する手段として、対照的に自身が完全にコヒーレントであるX線を用いた回折法が開発されれば、この研究の動きを強く後押しできると期待されます。
私たちは、大型放射光施設SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL22XUにコヒーレントX線を利用したX線回折システムを構築し、通常のX線回折実験では難しかった原子レベルから分域構造レベルに至る構造情報を0.4 nm〜10 μmの範囲でほぼ連続的に取得するマルチスケール観測法を確立しました。この結果、物性とスケール階層とを直接対応させて議論することが可能となりました。
図4-12(a)上段に均一な標準試料KTaO3からの、下段に強誘電体試料 91%Pb(Zn1/3Nb2/3)O3-9%PbTiO3(PZN-9%PT)からのコヒーレントX線回折パターンを示します。標準試料からのパターンに比べて強誘電体試料からのパターンは複雑であり、これは内部に発生した分域構造に由来するものと考えられます。 実際、フーリエ変換により両者の分域構造を再現してみると図4-12(b)のように標準試料においては均一な像を、強誘電体試料においては数100 nmサイズの分域構造を反映した不均一な像を示します。この分域構造は温度を下げることによって1 μm程度にまで成長します。この成長した分域構造の存在は、強誘電体の蓄電特性に関係する誘電率をHz-kHz領域の交流電場に対して2倍程度押し上げることが分かりました。
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)の助成により実施しました。