4-5 電子の隠された世界を解明する放射光技術を実証

−散乱X線の偏光特性から励起した電子の軌道状態を識別することに成功−

図4-10 SPring-8の非弾性散乱分光器(BL11XU)に設置した偏光解析実験の概念図

図4-10 SPring-8の非弾性散乱分光器(BL11XU)に設置した偏光解析実験の概念図

蓄積リングから出てくるX線の偏光は黒矢印のように良くそろっているので、それをそのまま試料に入射します。一方、 試料により散乱されたX線には二つの偏光成分(赤矢印と青矢印)が混ざっているので、偏光解析装置を用いてそれぞれ分離して測定します。

 

図4-11 銅フッ化物KCuF3の共鳴非弾性X線散乱スペクトル

図4-11 銅フッ化物KCuF3の共鳴非弾性X線散乱スペクトル

図4-10に示す散乱X線の二つの偏光条件(赤と青)での測定結果を、同じ色の○でプロットしています。あわせて、d電子軌道の状態を対応するエネルギー位置に示しています。赤と青の矢印は、それぞれの偏光条件で観測される軌道状態の変化になります。

遷移金属化合物には、銅酸化物における高温超伝導など、有用な性質を示す物質が数多く存在していることが知られています。その主役となるのが遷移金属原子中のd電子であり、物質中でのd電子の広がりの様子(軌道状態)が電気の流れやすさや、相互作用の伝播方向など、物質の性質を決める上で重要な役割を果たすことがしばしば見られます。したがって、遷移金属化合物においては、軌道状態を識別した上でそのふるまいを調べることが、物質の性質を理解する上で不可欠となります。

遷移金属化合物中の電子の運動状態(エネルギーと運動量)を調べる実験手法として、放射光X線を用いた共鳴非弾性X線散乱法が発展してきています。しかし、運動状態を調べる上での有効性は認められてきたものの、d電子の軌道状態を実験のみで区別することは困難でした。私たちは、それを克服する方法として、これまで考慮されていなかったX線の偏光の利用を考えました。そこで、まず、X線の偏光状態を分離して検出することができる偏光解析装置を製作しました。さらに、その有効性の実証実験として、二種類の軌道状態が交互に配列した軌道秩序の典型物質のひとつとして知られている銅フッ化物KCuF3の測定を行いました。

測定で得られた共鳴非弾性X線散乱スペクトルのひとつを図4-11に示します。赤丸と青丸が実験データで、それぞれ図4-10に示した散乱X線の赤と青の偏光状態に対応しています。赤色のデータで示す偏光条件では1.4 eVにピーク構造があり、図の赤い矢印で示した軌道状態の変化に対応します。一方、青色のデータでの偏光条件では、1.4 eVに加えて、1.0 eVにも散乱強度があり、2本の青い矢印で示した二種類の励起が同時に観測されていることが分かります。すなわち、1.0 eVの励起と1.4 eVの励起は共鳴非弾性X線散乱において異なる偏光特性を持っており、それを調べることで二つの電子励起状態を識別できるということになります。

本研究は、共鳴非弾性X線散乱における散乱X線の偏光特性を世界で初めて調べることに成功し、この手法がこれまで不可能であったd電子の軌道状態を変える励起の識別に有効であることを示したものです。今後、共鳴非弾性X線散乱の偏光特性を調べることで、実験のみから物性にかかわる電子軌道状態を決定できるようになり、更には、超伝導や磁性など遷移金属化合物の物性発現機構解明が加速されると期待されます。