4-4 高分子複合材料の核スピン偏極を目指して

−2成分モデル系を用いた実証実験に成功−

図4-8 中性子干渉性散乱長の制御

図4-8 中性子干渉性散乱長の制御

横軸は中性子ビーム及び試料中の水素原子核のスピンの向きの相対関係を示します(左端:両者は反平行、右端:両者は平行)。これらのスピンの向きの制御によって中性子干渉性散乱長を大きく変化させることができます。

図4-9 核スピン偏極による中性子小角散乱プロファイルの変化

図4-9 核スピン偏極による中性子小角散乱プロファイルの変化

散乱強度は正偏極で減少し、負偏極で増大しました。

プラスチックやゴムなどの高分子マトリックス中へ無機物質微粒子を充てん剤として分散させた高分子複合材料は、単体の高分子材料に比較して、各種力学特性の向上が達成可能です。このため自動車部品から生活用品に至るまで幅広く使用されている工業的に重要度の高い材料です。近年、充てん剤の多成分化が著しく進展しています。充てん剤の配合指針を確立するために、構造解析による充てん剤間の相互作用の解明に期待が寄せられています。

中性子小角散乱法はこのような問題の解決に役立ちます。試料の構造・物性を変えることなく、中性子散乱コントラストのみを変える「コントラスト変化法」の適用によって、多成分から成る試料について各成分の構造情報の分離抽出が可能になります。この目的のために従来は重水素置換法(図4-8青矢印)が用いられてきましたが、プラスチックやゴム高分子の重水素化体の作成は高コストであるため、別な手法が求められてきました。

そこで、私たちは中性子ビーム及び試料中の水素原子核の持つスピンに着目しました。中性子ビームは磁気多層膜ミラーを透過させることで一方向のスピンの向きのもののみを選別できます。また、試料中の水素原子核は、低温・強磁場中で試料にマイクロ波を照射する「動的核スピン偏極」という手法によってスピンの向きをそろえることが可能です。両者を組み合わせることで中性子干渉性散乱長を大きく変化させることができます(核スピン偏極法、図4-8赤矢印)。私たちはこれを利用してコントラスト変化法を実現しようと目論みました。

まず手始めに、散乱のふるまいを予測しやすい2成分系ブロックポリマーを用いた実証実験を行いました。この試料はポリスチレンというガラス相とポリイソプレンというゴム相が交互に積み重なったもので後述するタイヤゴム材料を単純化したモデル系です。

本試料に対して核スピン偏極状態下での中性子小角散乱測定を行いました(図4-9)。散乱強度は水素原子核スピン偏極度+37%で1/25に減少し、-37%で3.5倍に増大しました。これは成分間の水素密度の差による中性子散乱コントラストの変化によって説明されるもので、理論予測と一致するものでした。このように2成分モデル系を用いた実証実験は成功し、多成分から成る実用材料へと本手法を応用するための基礎が確立されました。

現在、私たちは低燃費タイヤ材料として活用されているシリカ充てんSBRゴムへと本手法の適用を進めております。充てん剤であるシリカ微粒子の分散状態が低燃費性能に強く影響していることが知られており、更なる低燃費性能の向上のためにはシリカ微粒子分散状態の定量的評価が重要な課題です。興味ある成分の構造情報を選択的に抽出できる本手法にタイヤゴム業界から大きな期待が寄せられております。