図4-13 大環状化合物の構造
図4-14 イオン液体及びクロロホルムへのSrの抽出挙動
図4-15 クロロホルムに抽出されたSr錯体の結晶構造
核分裂生成物のストロンチウム-90(90Sr)は、半減期が28.8年のβ線放出核種です。人体に取り込まれると骨に沈着することから、汚染された土壌や海水から90Srを効率的に除去する技術を開発することが必要です。
放射性核種などの金属イオンを分離,除去する有効な手法のひとつに溶媒抽出法があります。溶媒抽出法は、水と混じり合わない溶媒(抽出剤を含む)に水に溶けている物質を抽出する方法のことであり、レアメタルの分離回収などにおいて、工業的に広く利用されています。
私たちは、Srの抽出剤として二つのβ-ジケトン部位を持つ大環状化合物(図4-13)を合成し、有機溶媒に代わる新たな溶媒として注目されているイオン液体を抽出媒体として利用した溶媒抽出について研究しました。イオン液体は、イオンのみから構成され、室温でも液体として存在する塩であり、従来の溶媒とは大きく異なる特性を有することから、これまでにない機能性溶媒として期待されています。
Srイオンの溶媒抽出における抽出溶媒としてのイオン液体の優位性を評価するために、一般的な抽出溶媒(有機溶媒)として知られるクロロホルムと比較しました。その結果、クロロホルムを用いた場合と比較して、イオン液体を用いるとSrに対する抽出能が劇的に向上することを発見しました(図4-14)。イオン液体とクロロホルムへの抽出を詳細に調べたところ、両抽出系においてSrと大環状化合物が1:1の錯体を形成し、抽出されることが分かりました。クロロホルムに抽出された錯体を結晶化させ、結晶構造解析を行った結果、Srは環の内部に取り込まれ、二つのβ-ジケトン部位が配位した構造であることが明らかになりました(図4-15)。
次に、イオン液体を用いると抽出能が向上する理由を調べるために、X線吸収分光法によって、両溶媒に抽出された錯体の構造を溶液状態のまま解析しました。その結果、イオン液体中の錯体のSr-酸素の原子間距離が2.51Åと算出され、クロロホルム中の2.55Åよりも短くなっていることが分かりました。したがって、イオン液体中ではSrがより強固に保持されており、この原子間距離の短縮が、抽出能向上の原因であると考えられます。
本研究は、国立大学法人金沢大学との共同研究「イオン液体を媒体とした金属抽出に関する研究」の成果の一部です。