5-1 イオンビームで生体に優しいプラスチックを生み出す

−集束イオンビームを用いた医用材料の微細加工と表面改質技術の開発−

図5-6 FIBを用いたポリ乳酸の微細加工体作製例

図5-6 FIBを用いたポリ乳酸の微細加工体作製例

必要な加工サイズや精度に適した照射条件と試料作製条件を選択することで熱変形を低減し、(a)直径80 nmの穴加工(b)最小幅60 nmの溝(c)高さ50 nmの凹凸シート(d)太さ100 nmの任意の文字列など、精密な加工が可能になりました。

 

図5-7 ポリ乳酸の掘削底面の化学結合変化(X線光電子分光測定結果)

図5-7 ポリ乳酸の掘削底面の化学結合変化(X線光電子分光測定結果)

集束イオンビームの照射によって、酸素との結合と284.8 eVのC-C/C-H結合が減少し、284.1 eVのC=Cのピークが増大していることが分かります。

最先端の医療やバイオ研究を支えるデバイスの開発には、生体親和性材料をマイクロ〜ナノメートルスケールで精密に加工し、更に細胞接着性をはじめとする特定の機能を自由に制御する技術が求められています。しかし、生体親和材料は薬品や熱に弱いものが多く、既存の方法では精密な微細加工が困難でした。そこで私たちは、集束イオンビーム(FIB)を用いて化学処理や熱処理を伴わない新たな微細加工技術を開発し、局所的に高い細胞接着性を有するプラスチックを作製しました。

試料として、生体適合性と生分解性を併せ持つポリ乳酸を選択しました。ポリ乳酸は、治癒後に体内で分解・吸収される縫合糸やインプラントなどに使われている代表的な医用プラスチックです。

ポリ乳酸に加速電圧30 kVのガリウムFIBを照射して照射条件が加工精度に及ぼす影響を調べると、照射線量や線量率の増加に伴い加工できる深さは増すものの、徐々に表面が荒れたりエッジが丸くなったりと、加工精度が劣化することが分かりました。照射熱によって放射線分解物の拡散・脱離がより活発になる一方で、ポリ乳酸はガラス転移温度を60 ℃付近に持つため、照射熱がより発生する条件や熱のこもりやすい条件では熱変形によって加工精度が悪化したと考えられます。

しかし、こうした検討をもとに、加工サイズ(深さや面積)と求められる加工精度に適した照射条件と試料作製条件(線量,線量率,試料の厚み,ビーム径など)を選択することで、照射熱の効果を抑制し、耐熱性の低いポリ乳酸でも直径80 nmの穴や幅60 nmの溝などを作ることに成功しました(図5-6)。

さらに、照射箇所の化学結合変化を、X線光電子分光法(XPS)を用いて分析した結果、照射によって炭素の二重結合(C=C)が増加したことが分かりました(図5-7)。このことは、物理スパッタと放射線分解反応による水素ガスや二酸化炭素ガスなどの脱離によってポリ乳酸の水素や酸素が減少し、試料表面が非晶質のダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)に近い表面状態へと変化したことを示しています。DLC様の表面はC=Cの割合によって細胞接着性の強弱が変わることが報告されており、FIBを用いた表面改質技術によって、局所的に高い細胞接着性を付与した生体に優しいプラスチックが開発できました。

本成果は、量子ビームを用いた微細加工技術と材料改質技術の融合によって実現したもので、健康長寿社会の実現を目指した再生医療やバイオ研究における先端技術であるマイクロマシンやラボチップに用いる生体親和性材料の創製技術として応用が期待されます。

本研究は、学校法人早稲田大学及び国立大学法人大阪大学と共同で進めたものです。