5 量子ビーム応用研究

量子ビーム応用研究と研究拠点

−量子ビームテクノロジーを駆使した研究開発−

図5-1 リニアック後段の環状結合構造(ACS)空洞を用いた加速部

図5-1 リニアック後段の環状結合構造(ACS)空洞を用いた加速部

 

図5-2 放射線着色フィルムで測定した大面積均一照射野

図5-2 放射線着色フィルムで測定した大面積均一照射野

520 MeV及び385 MeVのアルゴンビームを(a)のようにそれぞれ(b)長方形(c)リボン状に形成し、これを放射線着色フィルムに照射してできた着色の形状と度合です。濃淡はビーム強度に対応して、各均一度は±7%及び±10%です。

 

図5-3 高強度レーザー装置(J-KAREN)

図5-3 高強度レーザー装置(J-KAREN)

 

図5-4 原子力機構の量子ビーム施設群と研究開発分野
拡大図(383KB)

図5-4 原子力機構の量子ビーム施設群と研究開発分野

 

図5-5 量子ビームが有する優れた機能

図5-5 量子ビームが有する優れた機能


原子力機構では、大強度陽子加速器施設J-PARC,イオン照射研究施設TIARA,高強度レーザー装置J-KAREN,SPring-8放射光ビームライン,研究用原子炉JRR-3などの様々な量子ビーム施設群を保有しています。「量子ビーム」とは、こうしたビーム施設から得られる高強度・高品位の中性子ビーム,イオンビーム,高強度レーザー及び放射光等の総称であり、これらを発生・制御する技術並びにこれらを用いて観察・加工等を行う利用技術からなる「量子ビームテクノロジー」が、近年大きく進展しております。本章では、原子力機構における量子ビーム施設・技術の高度化「多様な量子ビーム施設・設備の整備とビーム技術の研究開発」及びこれら量子ビームを応用して得られた研究成果「量子ビームを応用した先端的な研究開発」をご紹介いたします。

多様な量子ビーム施設・設備の整備とビーム技術の研究開発

J-PARCに関する技術開発

J-PARCは、リニアック,3 GeVシンクロトロン,50 GeVシンクロトロンの三つの陽子加速器と、中性子,ミュオンを用いて物質・材料研究に関する実験を行う物質・生命科学実験施設(MLF),K中間子等を用いた原子核・素粒子実験を行うハドロン実験施設及びニュートリノを発生させるニュートリノ実験施設からなり、国内外の利用に供しています。

リニアックと3 GeVシンクロトロンでは初期性能1 MWの達成に向けて、2013年度にはリニアックの後段部で加速エネルギーを181 MeVから400 MeV上昇させるためにJ-PARCで開発した環状結合構造(ACS)空洞(図5-1)を設置し、400 MeVの運転に成功しました。そして、本加速空洞が、加速効率が良く、加速電場の軸対称性の良さによってビームの拡がりを抑える特長を有することも確認しました。一方後者では、リニアックから出射された陽子を加速する際のビーム損失を十分低減させる技術開発など進め、MLFの中性子源に最高で532 kWの陽子ビームを供給できる性能を確認しました。これら両者の結果を合わせると、目標である3 GeVで1 MWを達成する見通しができました。1 MWの試験は2014年10月に行う予定です。MLFでは300 kWの陽子ビームを受け入れ、4サイクルの期間,中性子実験装置18台,ミュオン実験装置2台の利用運転を行いました。実験課題の申請数は2012年度と同程度の533件でした。本章では、MLFに関する成果(トピックス5-135-14)と3 GeVシンクロトロンに関する成果(トピックス5-155-16)を紹介します。

 

TIARAに関する技術開発・高度化

高崎量子応用研究所は、産業応用を目指した新機能・環境調和材料,医療応用・バイオ技術及びビーム分析の研究開発や材料・機器の耐放射線性評価研究のため、サイクロトロン及び3基の静電加速器からなるイオン照射研究施設(TIARA)と電子・ガンマ線照射施設を原子力機構内外の利用に供しています。また、ビーム照射及び加速器技術の高度化として、マイクロビーム,大面積均一照射等のイオンビームの形成・照射に係る技術,マイクロビームを用いた三次元大気PIXE分析や三次元微細加工等の応用技術,イオンビームを効率的に加速する(トピックス5-17)等の技術を開発しています。

2013年度は、穿孔膜作製等の産業利用への展開が期待されている多重極磁場を用いた数100 MeV重イオンの大面積均一照射技術開発の一環として、照射野の形状制御技術の開発を進めました(図5-2)。照射野形状制御には、ビーム強度分布を均一化する2個の八極電磁石に加えて、ビームラインの各所に配置された四重極電磁石のうち、照射チェンバーに近い2個が形状制御に最も効果的であることをビーム光学計算及び実験で明らかにしました。また、放射線着色フィルムを用いてビーム形状と均一度を定量的に評価しました。

これらの成果を用いて長方形やリボン状など、様々な縦横比の均一照射野を形成することができました。

 

高強度短パルスレーザー・放射光施設の高度化

木津地区は、高性能なレーザー装置の研究開発,高強度短パルスレーザー光を用いた電子,イオン,X線といった新しい放射線源開発と、その利用研究などに取り組んでいます。2013年度には、より高繰返し及び高出力でのレーザー利用を実現するため高繰り返し励起レーザー装置を設置し、またパルス圧縮用回折格子等の光学部品を更新するなど高強度短パルスレーザー装置(図5-3)の高度化を進めました。

播磨地区は、大型放射光施設SPring-8に4本ある原子力機構専用ビームラインを利用して、物質・材料の機能発現機構や反応機構の解明の最先端解析技術の開発を進め、ナノテクノロジーやエネルギー・環境関連研究、東京電力株式会社福島第一原子力発電所(1F)事故対応の除染技術開発等に応用するほか、施設供用利用や文部科学省委託事業「ナノテクノロジープラットフォーム」を通して外部研究者支援も行っています。この委託事業の2012年度補正予算により、2本の専用ビームラインに対してそれぞれ窒化物半導体成膜装置の整備やX線回折計の更新を行いました。

 

量子ビームを応用した先端的な研究開発

原子力機構は、量子ビーム施設群を利活用して、原子力だけでなく多岐にわたる科学技術分野に対しても、成果創出等の貢献をしております(図5-4)。

量子ビームは、物質を構成する原子や分子と様々な相互作用をしますので、物質状態を原子や分子のレベルで観察する手段として有効です(「観る」機能)。また、原子や分子の配列や組成,結合状態や電子状態を変化させることから、原子・分子レベルの加工も得意としています(「創る」機能)。さらに、狙った部位に照射することにより、細胞レベルでがん等を治療することにも用いられています(「治す」機能)(図5-5)。

私たちは、これら量子ビームが有する優れた機能を総合的に活用し、物質・材料,環境・エネルギー,医療・バイオ分野で、基礎研究から産業応用にわたって、多種多様な成果を創出しています。

本章では、先進ビーム技術,物質・材料,環境・エネルギー,医療・バイオの各分野から量子ビームを用いた最近の代表的成果をご紹介します。

トピックス5-15-25-3は環境・エネルギー、トピックス5-45-55-6が物質・材料、トピックス5-75-85-9は医療・バイオ応用、トピックス5-105-115-12は先進的なレーザー技術に関する研究成果です。

また、1F事故の復旧・復興に貢献するために、量子ビームを用いた除染・減容化技術の開発等にも精力的に取り組んでいます。こうした福島に関する量子ビームを用いた研究開発の取組みについては、第1章トピックス1-12をご参照ください。