5-9 ペプチドで作物のカドミウムの動きを抑制する

−ポジトロンイメージング技術による根での元素の動きの画像化−

図5-26 アブラナにおけるCdの経根吸収イメージング

図5-26 アブラナにおけるCdの経根吸収イメージング

アクリル製の容器(左)にアブラナの根の部分を挿入し、ここにCdの放射性トレーサを投与することで、根からCdが吸収され、地上部へと移行する様子を画像化します(右;明るい部分に多くのCdが分布しています)。

 

図5-27 水耕液におけるCd濃度の経時変化

図5-27 水耕液におけるCd濃度の経時変化

無処理区では、ほぼ一定の割合でCdが根に吸収され、水耕液中の107Cd量が減少し続けていましたが、グルタチオン処理区では、Cdを投与してから12時間後に水耕液中の107Cdの量が上昇していました。これは根からCdが排出されたことを示します。

農作物に含まれるカドミウム(Cd)を低減することは、食糧の安全確保のために実行しなければならない世界的な課題です。この問題を解決するために、Cd汚染土壌を浄化するためのCd高吸収作物の選抜や、作物がCdを吸収しないための栽培条件の検討などの研究が行われてきました。こうした研究を進めるうえで、Cdが根から吸収する過程を直接観察し、解析することが非常に重要であるといえます。私たちは、放射性トレーサを用いて生きた植物体内の元素の動きを観測する植物ポジトロンイメージング技術の開発を進めてきました。しかしながら、従来放射性トレーサ溶液と根を同時に撮像しても、トレーサ溶液からの放射線が強すぎて、根からの放射線を画像化することが難しいと考えられていたため、観測の対象が根ではなく、地上部に限られていました。

そこで私たちは、視野内のトレーサ溶液の量ができるだけ少なくなるような形状の撮像用容器の開発を進め、根からの放射線を検出する効率を向上させた結果、根での元素の動きを直接観測することに成功しました。この「経根吸収イメージング」とCdの放射性トレーサである107Cdを用いて、アブラナの体内におけるCdの動きを画像化したところ、3個のアミノ酸がつながったグルタチオンというペプチドを根に投与すると、根から地上部へのCdの移行が抑制される現象を見いだしました(図5-26)。また、得られた動画像を詳細に解析したところ、グルタチオンを投与した植物において、一度体内に吸収されたCdが根から水耕液へと排出されていました(図5-27)。これらの結果から、グルタチオンを投与すると、根からCdが積極的に排出され、地上部へのCdの移行が抑制されるという輸送メカニズムを明らかにしました。

今回得られた成果から、作物中のCdを低減する技術を開発するうえで、グルタチオンの利用が非常に有望であることが分かりました。また、今回開発した経根吸収イメージングは、Cdに限らず、ほかの元素にも利用できるため、植物が様々な養分や環境汚染物質を吸収するメカニズムを解明する研究が飛躍的に進むことが期待できます。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(No.17380194,No.19380185,No.23380155,No.23380194)の成果の一部です。