図5-28 (a)金単層膜回折格子(b)W/B4C多層膜回折格子の模式図(c)回折効率の測定結果
図5-29 (d)電顕に搭載されたX線多層膜回折格子分光器の概観(e)ITOからの発光スペクトルの測定結果
電子顕微鏡(以下、電顕)は、観察したい物質に電子ビームを照射することでナノスケールでの原子配列や結晶構造等の観察を可能にする装置で、新しい材料の研究開発などに有用です。また、電子ビームが照射された物質からはX線が発生し、これを回折格子分光器(マイクロメートル幅の細い溝が多数刻線された光学素子(回折格子)を搭載した装置)でエネルギーごとの強度分布に分けること(X線分光)で物質の性質を決めている電子の状態(電子構造)を分析することができます。しかし、これまでの回折格子は、表面の反射物質が金単層膜であったために、吸収端(約2200 eV)を超える高エネルギーのX線分光は困難でした。この問題を解決するために、金単層膜に代わり新たに考案したタングステン(W)と炭化ホウ素(B4C)からなるW/B4C多層膜を反射物質とする2000〜4000 eV領域用多層膜回折格子を搭載した電顕用X線多層膜回折格子分光器を開発しました。
図5-28は、矩形状溝の回折格子の反射物質として、(a)金単層膜回折格子(b)W/B4C多層膜回折格子の模式図(c)回折格子の性能(回折効率)の測定結果です。多層膜回折格子の場合、全エネルギー領域で一様に高い回折効率を達成し、金単層膜回折格子に比べて著しく性能が向上しているのが分かります(2100 eVでは10倍、4000 eVでは200倍)。これは、図5-28(b)に示すように、上から2番目のB4Cの厚さをほかのB4Cに比べ2倍厚くした効果(積分反射率の最大化)によるものです。
図5-29は(d)電顕に搭載された多層膜回折格子分光器の概観と(e)タッチパネル等の電極材料として知られる酸化インジウムスズ(ITO)からの発光スペクトルの測定結果です。多層膜回折格子分光器の場合、これまで困難であったエネルギーが極めて近接したインジウム(In)とスズ(Sn)のスペクトル(例えば、Sn-LαとIn-Lβ1)を明瞭に分離して計測できることが分かります。
このように、X線分光器と電顕の融合技術によってこれまで計測が困難であった電子構造や元素分布を定量できることから、私たちの身の周りの電子機器等の性能向上につながる知見が得られると期待されます。
本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の産学共同シーズイノベーション化事業(育成ステージ)「ナノスケール軟X線発光分析システムの開発」(2008〜2011年度)の成果の一部です。