図5-36 J-PARC核破砕中性子源用極低温水素システム
図5-37 パラ水素濃度測定結果
図5-38 陽子ビーム出力に伴う圧力上昇の測定結果
J-PARCのバルス中性子源は3 GeVに加速された陽子(繰り返し25 Hz,定格出力1 MW)を水銀ターゲットに入射させ、核破砕反応で生じる高速中性子を超臨界圧の極低温水素(1.5 MPa, 20 K以下)で、熱・冷中性子まで減速(冷却)します。この減速材ではパラ水素濃度を99%以上とし、中性子との衝突でパラ水素がエネルギー準位の高いオルソ水素に励起される,オルソ水素に比べパラ水素の冷中性子散乱断面積は2桁も低く透過性がある,という性質を最大限に活かし、結晶構造解析や磁気構造解析等の時間分解能の高い実験に適した半値幅100 μs程度で立下り時間が速い冷中性子パルスを効率良く得ることが特長です。
オルソ水素の混在や核発熱に伴う熱負荷による温度変動はパルス形状を劣化させるので、パラ水素濃度を保持し、温度変動を3 K以内に抑えることが必要でした。同時に、過渡熱負荷変動に伴う圧力上昇を100 kPa以下に抑えることも課題でした。私たちは、世界最大級の流量約9.5 m3/hで超臨界圧の極低温水素を強制循環させることにより、上記の条件を満足する冷凍システムを開発しました(図5-36)。
パラ水素濃度の維持には水酸化鉄(III)を触媒としたオルソ・パラ水素変換器を導入しており、ビーム出力300 kWの時点でその性能を評価しました。このとき、水素を高圧で極低温の環境から常温の気体としてガラスセルに安全に採取するためのシステムを構築しました。循環系が常温から定格状態(20 K)に至る過程で水素を採取し、ラマン分光法でパラ水素濃度を分析した結果、その値は理論値と良く一致し、定格運転状態で99%であることを確認できました(図5-37)。
一方、熱負荷に伴う圧力上昇に関しては、超臨界圧の極低温水素は非圧縮性で、液体水素と異なり明確な気液界面がないため、温度上昇に伴う水素の膨張で圧力が上昇します。私たちは、4 Kまで気相であるヘリウム(He)に水素の圧力を伝播・緩和させるという着想で、Heを満たしたステンレス製の蛇腹(ベローズ)構造の容積可変装置を考案しました。
ビーム出力532 kWまでの運転で測定された圧力上昇値は設計値と良く一致し、1 MW時に許容値(100 kPa)を超えない見通しを得ました(図5-38)。
この技術開発によって定格出力時に高品質な中性子ビームを安定に供給でき、中性子利用研究の推進を通じて科学技術の発展・産業の振興に資する成果創出に貢献できます。