図5-39 J-PARC 3 GeVシンクロトロンの残留線量分布
図5-40 ビーム損失の炭素薄膜衝突回数依存性
大強度陽子加速器施設(J-PARC)の3 GeVシンクロトロンは、1 MWという既存加速器より1桁以上大きな出力の陽子ビームを物質生命科学実験施設及び主リングシンクロトロンに供給するため、2007年より運転が行われています。3 GeVシンクロトロンでは、リニアックで400 MeVまで加速した負水素イオンを炭素薄膜を通して陽子に変換して入射し、これを20 msかけて1万回以上周回しながら3 GeVまで加速したあとに取り出します。
J-PARCのような陽子加速器では、運転中のビーム損失による機器の放射化を許容できるレベルに抑えなければなりません。過去の加速器の知見や3 GeVシンクロトロンでの経験から、停止直後の機器表面での線量率が1 mSv/h程度であれば保守作業時の被ばく量を数100 μSv以下に抑えられることが分かっています。そのため、ビーム損失で生成される放射性物質による線量率の分布状況を把握し、それが上記1 mSv/h程度に収まるよう対策を講じながらビーム強度を上げていく必要があります。そこで私たちは、運転が停止される度に機器表面の線量率を測定し、運転条件ごとの線量率の状態を把握、原因の究明と対策を講じてきました。図5-39は、運転後の機器表面の線量率の測定例を示しています。3 GeVシンクロトロンでは機器の放射化はほとんど入射部(図5-39左側の直線状の範囲)に集中し、それ以外の領域[ビーム損失点(1)]では、機器表面の線量率は0.1 mSv/h以下に抑えられています。
入射部の中では、特に入射点下流[ビーム損失点(2)]及び3 GeVシンクロトロンに入射するビームと周回しているビームが合流する点[ビーム損失点(3)]に局所的な放射化のピークが存在していました。ビーム試験の結果、[ビーム損失点(2)]に関してはビーム入射に使用している炭素薄膜によるビーム散乱が原因であること(図5-40)を、[ビーム損失点(3)]に関しては入射ビームラインの圧力が高いことが原因であることを突き止め、対策を講じ線量率をそれぞれ目標値である1 mSv/h程度まで低減することに成功しました。これらの現象は、ビーム強度が増加し、かつほかの原因で発生していたビーム損失を低減した結果、初めて顕在化しました。
このように、3 GeVシンクロトロンでは線量率の分布状況から問題となる箇所を見つけ出し、事前に対策を行うことで順調にビーム出力を上昇しています。