5-16 真空容器で磁場を遮へいし加速器ビーム軌道を安定化

−J-PARCにおける漏えい磁場遮へいのための磁性材料製真空容器の開発−

図5-41 J-PARCの3 GeVシンクロトロンにおける磁性材料製真空容器の設置想定箇所

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図5-41 J-PARCの3 GeVシンクロトロンにおける磁性材料製真空容器の設置想定箇所

シンクロトロン出射部では、隣接する電磁石からの漏えい磁場がビーム軌道へ影響を与え、外部からの不要な磁場となっています。そのような磁場を遮へいするために磁性材料製真空容器(ビームパイプ,ベローズ)の開発を実施しました。

 

図5-42 真空容器各部品を磁性材料にしたときの磁気遮へい性能(計算値)

図5-42 真空容器各部品を磁性材料にしたときの磁気遮へい性能(計算値)

図5-41枠の部位をモデル化して計算した結果です。真空容器のすべての部品を磁性材料にすることで、効果的な磁気遮へいができることを示しています。

 

図5-43 ビームパイプの磁気遮へい性能と真空性能(実測値)

図5-43 ビームパイプの磁気遮へい性能と真空性能(実測値)

(a) 磁性材料製真空容器により外部からの不要な磁場を大幅に遮へいできました。
(b) 磁性材料製真空容器においても超高真空を達成できることが分かりました。

加速器において真空容器外部からの不要な磁場はビーム軌道のずれの原因となるので、そのような磁場をいかにして遮へいするかは、安定なビーム軌道をつくるうえで大きな課題です。J-PARCの3台の加速器群のうちの3 GeVシンクロトロン加速器(以下、シンクロトロン)では、ビーム出射部に隣接する電磁石からの10-3 T程度の漏えい磁場によりビーム重心軌道がビームパイプの中心から10 mm程度ずれ、ビームロスが発生するという事象が生じました。私たちは、ビームから最も近い場所で、周りを高い透磁率を持った磁性材料で完全に覆うこと、すなわち真空容器を磁性材料化することが、最善の磁場遮へいであるとの着想の下、磁気遮へい性能及び高真空性能を兼ね備えた真空容器の開発を行いました。

図5-41に磁性材料製真空容器を設置するシンクロトロン出射部ビームラインのレイアウトを示します。ビーム軌道の計算から、この領域への漏えい磁場(外部からの不要な磁場)を真空容器内部で10分の1に遮へいする必要があることが分かりました。図5-42に真空容器の各部を磁性材料に変えたときの容器内部の磁場分布の磁場計算コードを用いた計算結果を示します。より効果的な磁場遮へいをするためには、ビームパイプ胴部だけでなく、フランジやベローズといったすべての部品を磁性材料にする必要があることが分かりました。そこで、薄肉のビームパイプ胴部及びベローズに透磁率の高いパーマロイを、厚肉のフランジにフェライト系ステンレス鋼を用いることとしました。

磁性材料は加工時に発生する内部応力によって透磁率の減少が起きます。磁気性能を回復させるためには、一般的に熱処理(磁気焼鈍)を行います。一方、超高真空を達成するためには真空容器に用いる材料を高真空下で熱処理し、脱ガスをします。私たちは、磁気焼鈍及び脱ガスの両目的を同時に達成するために、製作の最終段階で真空容器を高真空化で熱処理を行いました。図5-43に熱処理をした磁性材料製真空容器(ビームパイプ)の磁気遮へい性能及び真空排気性能の測定結果を示します。外部からの不要な磁場を真空容器内で10分の1以下に遮へいするという目標を達成できました。また、これまで真空性能が未知であった磁性材料の真空容器においても、超高真空を達成できることが分かりました。このように、優れた磁気遮へい性能と超高真空性能を兼ね備えた磁性材料製真空容器の採用によって、シンクロトロンのビーム軌道の安定化に見通しを得ることができました。