5-6 電子検出で放射光メスバウアー分光の性能を大幅向上

−更に多くの元素について放射光メスバウアー分光測定が可能に−

図5-19 放射光メスバウアー吸収分光法の測定システム概念図及び外観写真

図5-19 放射光メスバウアー吸収分光法の測定システム概念図及び外観写真

散乱X線と内部転換電子を同時測定することで計測効率を格段に向上させて174Ybの放射光メスバウアー分光を実施しました。

 

図5-20 YbB12の放射光メスバウアースペクトル

図5-20 YbB12の放射光メスバウアースペクトル

本装置により、YbB12に含まれる174Ybの放射光メスバウアースペクトルを世界で初めて観測できました。

 

図5-21 メスバウアー分光に利用できる元素

図5-21 メスバウアー分光に利用できる元素


放射光メスバウアー分光法は、多様な元素に放射光を核共鳴吸収させて物質の電子状態や化学状態を局所的に調べる方法で、磁性体や超伝導体などの機能材料研究に利用されています。これまで、そのスペクトル測定には核共鳴吸収後に発生するX線と電子のうち、X線だけを検出していたので検出効率が制限されていました。

そこで、私たちはX線と電子を同時測定できる計測システムを開発し、メスバウアー分光装置の性能を飛躍的に向上させて、これまで測定効率の不足のため実験が困難であった元素を含む機能材料の研究など、同手法の新しい応用領域の開拓を可能にしました。

図5-19に示すように、放射光メスバウアー分光法では、放射光を測定したい元素を含む試料に核共鳴吸収させ、それを光軸方向に速度制御された散乱体(同種の元素を含み、狭いエネルギー幅で核共鳴する物質)に照射し、共鳴吸収後に放出されるX線や電子の強度の速度依存性を測定することで試料の吸収スペクトルが観測されます。ある種の元素では、X線に比べて高い割合で電子が放出されますが、従来の検出器にはノイズ信号の原因となる可視光を遮るための金属(ベリリウム(Be))窓が取り付けられていました。X線はBeを透過しますが、電子はBeを透過できません。この電子を検出できれば放射光メスバウアー分光法の測定効率を格段に改善できます。そこで、X線窓をなくした検出器を散乱体と同じ真空チャンバー内に封入することで、可視光を遮りつつ、散乱体からのX線と電子を同時に検出できる測定装置を構築しました。

開発装置の性能評価としてイッテルビウム12ホウ化物(YbB12)に含まれる174Ybの放射光メスバウアースペクトルの最初の測定を試みました。その結果、X線だけを検出する従来法では毎秒1.2カウントの信号しか得られませんでしたが、X線と電子を同時に検出する測定装置では、約5倍もの測定効率の向上が達成され、約10時間の測定で解析作業に耐え得る明瞭なスペクトルを観測することができました(図5-20)。また、測定の精度を左右する吸収ピークの幅も1.3 mm/sとYb原子の価数決定などにも十分利用できることも確認されました。

今回開発した装置は、Ybのみならず、強度不足のため放射光メスバウアー分光を適用できなかったレアアースやアクチノイド元素の測定を可能にします(図5-21の青色部分の元素の測定が期待できます)。それは、物質科学における放射光メスバウアー分光法の新しい応用分野を飛躍的に広げることを意味します。

本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(No.24221005)「同位体特定による局所状態解明のための先進的メスバウアー分光法開発」及び 研究活動スタート支援(No.24810014)「放射光を用いたネオジム核共鳴散乱法の開発」の成果の一部です。