8-10 放射性核種の地下水中の化学形及び濃度を予測する

−電子授受速度が遅いSe(VI)/(IV)系の標準熱力学データの取得−

図8-25 Se(VI)/(IV)系のCV曲線

図8-25 Se(VI)/(IV)系のCV曲線

電極上の不動態皮膜を多重サイクルにより除去し、電子授受が行われる電極面積を増加させると、Se(IV)の酸化及びSe(VI)の還元による電流値のピークが現れます。

 

図8-26 Se(VI)/(IV)系のモルエントロピーの決定

図8-26 Se(VI)/(IV)系のモルエントロピーの決定

HSeO4-/H2SeO3系のE 0の温度依存性を示しています。重み付線形回帰により引いた直線の傾きが、同系のモルエントロピーを与えます。

高レベル放射性廃棄物であるガラス固化体(以下、固化体)を地下に処分することの安全性は、固化体中の放射性核種が地下水によって地表まで運ばれることを想定して評価されます。この評価に必要なデータを本研究により取得しました。

固化体に含まれる長半減期のセレン-79(79Se)は、酸化還元電位(E )の変化に応じて様々な化学形になります。放射性核種が緩衝材及び岩盤等の中を移行していく過程で、核種はこれらに収着することで移行は遅延されます。収着の程度は化学形により異なるため、Seの移行挙動はE の変化に応じて敏感に変化します。そのため、処分場深度の減少に伴う酸化性地下水の流入や水の放射線分解に伴う過酸化水素の発生により、本来還元性の地下水が酸化されるケースを想定しました。この場合のSeの原子価は四価あるいは六価で、Se(IV)とSe(VI)とでは収着挙動が異なるため、Se(IV)/Se(VI)の存在比を求める必要があります。地下水中の化学形とその濃度の評価(化学種分配評価)において、298.15 Kにおけるこの存在比を与えるデータはSe(VI)/(IV)系の標準電極電位(E0)です。同電位値が従来から取得困難とされていたのは、Se(VI)/(IV)系は電子授受速度の遅さ故に平衡到達を確認しにくく、Se(IV)/Se(VI)の存在比に応じるE を測定しにくいからです。そこで、電子授受速度が遅い系に対しても、酸化体と還元体の濃度が等しくなるときのE を半波電位(E1/2)として測定可能なサイクリックボルタンメトリー(CV)を利用しました。図8-25がSe(VI)/(IV)系のCV曲線で、酸化電流がピーク値をとるE と還元電流がピーク値をとるE の中点がE1/2です。Se(VI)/(IV)系のE1/2のイオン濃度依存性から同系のE 0を取得しました。

処分場温度は298.15 K以上で、E 0の温度依存性を与えるのはモルエントロピー変化(ΔS )であるため、298.15 K以上におけるSe(IV)/Se(VI)の存在比を求めるにはSe(VI)/(IV)系のΔS も必要です。そこで、E 0の温度依存性(図8-26)からΔS を実験により初めて取得しました。取得したE 0及びΔS は、エンタルピーの報告値と整合がとれていて、様々な環境下の化学種分配評価に役立つデータであるため、原子力機構が開発している熱力学データベースに取り込まれる予定です。