図4-3 測定値間の系統的な差異と理論解析による推定結果
図4-4 共鳴核反応理論(R行列理論)の概念
中性子や陽子,アルファ粒子等が原子核に近づくと、ある一定の確率で核反応を起こします。この確率は反応断面積と呼ばれ、原子力工学研究を進める上で重要な基礎データとなります(一般に核データと呼ばれます)。近年では、原子力工学の進展に伴って核データへの要求精度が高まっており、さらに品質保証の観点から、十分な根拠をもって核データの誤差を推定することが求められています。私たちは、これらの要求に応えるため、汎用核データライブラリJENDL(現在の最新版はJENDL-4.0)の品質を高める研究を実施しています。
さて、比較的エネルギーの低い粒子による核反応断面積は原子核内部状態を反映した共鳴ピーク構造を示します。この共鳴構造を正確に理論計算のみで予測することは最先端の核物理学を駆使しても現状では不可能です。したがって、現在核データを導く最も有効な手段は、加速器施設等において中性子検出器等を用いた測定を行うことです。ここで問題となるのが、各測定施設あるいは年代におけるデータ間の差異です。例えば図4-3において1970年代と2000年代に測定された13C(α, n)16O反応断面積及び後述する理論解析結果を比較しています。古い測定値と新しい測定値間で30%程度の系統的な差異があることが分かります。この典型的な系統的差異は主に測定に用いたサンプル密度の不確定性に起因すると言われており、同様の問題は大なり小なり全ての測定データに内在しています。
本研究では、R行列理論と呼ばれる量子論的な共鳴理論(図4-4)を実験値の解析に導入し、測定データ間の系統的な差異を解決することを試みました。この理論の特徴は、いわゆる“モデル”ではなく量子力学そのものであること、したがってユニタリ性とよばれる量子論的保存則を完全に満たすことです。計算に必要なパラメータは波動関数の接続条件であり、本研究では測定データの絶対値を不明として“データの形状のみ”に基づいて解析を行いました。図4-3の実線が理論解析の結果です。新しい測定値よりむしろ古い測定値の方に近い値を示している様子が伺えます。また、理論解析から推定した断面積の誤差は平均で約2.5%という値を得ました。
測定データには必ず大なり小なりの誤差が含まれます。しかし、本研究成果は、“測定と理論のシナジー”によってデータの真値にもう一歩近づくことができる可能性を示しました。