図4-9 転位とヘリウムバブルの相互作用過程
図4-10 (e)臨界応力と(f)ヘリウムバブル周囲の結晶歪み量の関連性
原子炉を構成する主な構造材料は、高速炉のように原子炉内の中性子のエネルギーが高い条件下では、照射による原子の弾き出しにより空になった結晶格子点(原子空孔)が三次元的な集合体(ボイド)を形成するのに加えて、核変換反応で生じるヘリウムがボイド内に蓄積したヘリウムバブルを形成することが知られています。このようなナノサイズ欠陥は、材料の変形に寄与する転位の運動を妨げることで材料の硬化を引き起こし、マクロな機械特性を劣化させることから、転位とナノサイズ欠陥の相互作用に基づく材料の硬化メカニズムを理解することは、原子炉材料の特性変化を予測する上で重要です。
私たちはこの課題を解決するため、ニュートンの運動方程式に基づき各原子の運動を動的に予測できる分子動力学計算を用いて、転位とヘリウムバブルの相互作用過程を詳細に解析しました。図4-9に、主な構造材料のベース金属である純鉄における典型的な転位とヘリウムバブルの相互作用過程を示します。転位がヘリウムバブルを通り抜ける直前に最も強い力を要することが分かります。このときの力は臨界応力と呼ばれ、材料の硬化の程度を示す指標として使われています。私たちは、ヘリウムバブルの周囲に生じる結晶歪み量が、バブルを構成する原子空孔数に対するヘリウム原子数の割合によって変化する点に着目し、臨界応力に与える影響を調べました。これらの関連性を明らかにするため、図4-10に、バブルサイズが2 nmと4 nmの場合の(e)臨界応力と(f)ヘリウムバブル周囲の結晶歪み量を、原子空孔数に対するヘリウム原子数の割合で整理した結果を示します。各バブルサイズに対して、ヘリウムバブル周囲の結晶歪みが小さい場合に臨界応力が高くなる傾向を見いだしました。注目する原子の可視化技術を併用することにより、ヘリウムバブル周囲の結晶歪みが大きい場合には、相互作用する転位とバブル表面の原子交換が生じることで結晶歪みが減少(エネルギー緩和)することが分かりました。このことから、ヘリウムバブル周囲の結晶歪みが大きいほど、転位によるエネルギー緩和も大きいため、臨界応力がより低くなるものと理解できます。
この結果は、ナノサイズ欠陥の一つであるヘリウムバブルによる材料の硬化メカニズムの理解を深めるものであり、高エネルギー中性子の照射を受ける原子炉材料の特性変化の予測精度の向上に貢献することが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No.24656425)挑戦的萌芽研究「無機・有機の融合によるナノバブル分散強化(BDS)合金の創製と強化機構の解明」の成果の一部です。