3-1 重イオン反応による新たな核分裂データの取得

−中性子数の過剰な原子核の核分裂研究へ道を拓く−

図3-2 代理反応の原理

図3-2 代理反応の原理

多核子移行反応によって中性子入射反応と同じ複合核を生成し、中性子入射反応の核分裂データを取得する仕組みです(代理反応)。寿命が短く、標的の作成が困難な同位体のデータも取得することができます。この例ではn + 233Thで生成される複合核234Th*の核分裂データを得るため、18Oの二つの中性子を232Thに移す反応を利用しています。

 

図3-3 (a)シリコン散乱粒子検出器(ΔE-E検出器)及び(b)これを用いて 散乱粒子を分析した結果

図3-3 (a)シリコン散乱粒子検出器(ΔE-E検出器)及び(b)これを用いて散乱粒子を分析した結果

薄型のシリコンΔE検出器(写真の台形の検出器、220 mm2)をエネルギーEの粒子が通過する場合、同位体の種類によって付与するエネルギーΔEが異なることを利用して、多核子移行反応で生成される散乱粒子の種類を識別しました(図3-2)。(b)は18O+232Th反応で得た結果で、ΔE(縦軸)を散乱粒子のエネルギーE(横軸)に対してプロットしています。(b)の色の違いは記録した事象数を表し、青から赤に向かって数が増えていきます(右側の目盛りを参照)。

 


原子力エネルギーの利用に伴い、マイナーアクチノイド(MA)と呼ばれる長い半減期のアメリシウムやネプツニウム原子核が作り出されます。これらを何万年にもわたって管理することは困難なため、核変換と呼ばれる手法でこれらを減容する技術開発が進められています。加速器駆動型炉(ADS)においては、体系内で生成される高エネルギー中性子をMAに照射することで核分裂を起こし、これらの減容を目指しています。核分裂によって様々な種類の核分裂生成物が生成されますが、中には寿命の長い放射性核種が含まれます。このため生成物の収率を知る必要があり、核分裂の質量数に対する収率(質量数収率分布)は重要な核データとなります。ADSは軽水炉に比べてはるかに高エネルギーの中性子入射核分裂が起こること、また寿命の短いアクチノイド・MAの核分裂が関与する違いがあります。従来の中性子源を用いた測定では、標的としての高純度試料が入手できない、あるいは半減期が短いなどの理由から測定されていない核種が多く存在します。また、高エネルギー中性子データも極めて限られていました。

本研究では、重イオン反応を用いることで、この問題を解決できる手法を開発しました。私たちは、多核子移行反応という反応過程に注目しました。原子力機構・タンデム加速器で加速した酸素-18(18O)を、図3-2に示すようにトリウム-232(232Th)に照射することで、トリウムからウランに及ぶ14核種の質量数収率分布を取得するとともに、1 MeVから50 MeVの中性子エネルギーに対するデータを取得することに成功しました。中性子入射データが得られている核種について調べたところ、良い一致を示したことから、多核子移行反応によって質量数収率分布を代理的に取得できることが分かりました。この代理反応手法は、核分裂断面積の決定に適用された例がありましたが、本研究では質量数収率分布において初めて適用に成功しました。また、多核子移行反応を使うと、他の反応では到達できない中性子数の過剰な原子核も生成できるため、新たな領域の核分裂を開拓できるようになります。これは新たな核分裂現象の発見につながる可能性があり、本成果に対して国内外から高い評価を受けています。

多核子移行反応では、様々なパターンで中性子と陽子が原子核の間で交換されます。この描像は古くから知られていましたが、本研究では反応の事象ごとに複合核を識別することで多くの核分裂データを取得できる技術を開発しました。これを可能にしたのが新たに開発したシリコンΔE-E検出器です(図3-3(a))。反応のパターンによって放出される散乱粒子の種類(同位体)が異なります。図3-3(b)はこの分離の様子を示しており、図中のそれぞれの曲線は異なる同位体、すなわちこれに対応する複合核の生成を表します。さらに、散乱粒子の運動エネルギーの測定から複合核の励起エネルギー(入射中性子エネルギーに1対1に対応)を決定できます。核分裂が起こった場合、二つの核分裂の飛行時間分析を行うことで、それぞれの質量数を決定しました。タンデム加速器施設で利用可能なウラン、ネプツニウム、キュリウムを標的として同様の反応を行うことで、核変換技術に資する核データの取得が可能となります。

本研究は、文部科学省の原子力システム研究開発事業による課題「高燃焼度原子炉動特性評価のための遅発中性子収率高精度化に関する研究開発」の助成を受けました。