図3-4 二つの陽子(p)と二つの中性子(n)の束縛状態
図3-5 反K中間子と二つの核子の束縛状態
図3-6 Λp 不変質量スペクトルの実験結果と理論計算
通常の原子核は、図3-4のように、陽子と中性子という、たった2種類の構成要素が核力で結びつけられて形成されます。陽子と中性子は、どちらもアップ及びダウンクォークのみから構成されるため、電荷の違いを除けば質量などの性質がよく似ています。陽子と中性子をあわせて核子と呼びます。
では、核子内部のアップ・ダウンクォークを違う種類のクォーク、例えばストレンジクォークに変えた場合、核力はどうなるでしょうか。このように通常と異なるクォークを含む粒子間に働く力として核力を一般化したものを、強い相互作用と呼びます。これまでに、強い相互作用の性質が実験と理論の両面から盛んに研究されています。
核力は引力相互作用ですが、強い相互作用はクォークの種類の組合せで引力にも斥力にもなって、その大きさも様々だと予想されています。色々な組合せの中でも最近特に注目されているのが、ストレンジクォークと反アップクォークを一つずつ持つK-中間子と、陽子との強い相互作用です。K-中間子と陽子との相互作用は強い引力であり、図3-5のようなK-中間子と二つの陽子の束縛状態(K-pp束縛状態、より正確には反K中間子と二つの核子の束縛状態)が存在する、と理論的に予言されたのです。
このK-pp束縛状態を実験で発見するには、ストレンジクォークを大量に生成できる施設が必要です。そこで私たちは、大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験ホールにおける世界最高強度の実験で、3.4×109個のK-中間子を3He標的に照射し、K-3He→Λpn反応を観測しました。この実験により、Λ粒子と陽子の不変質量スペクトルにK-pp系のしきい値(2.37 GeV)近傍のピーク構造を発見しました(図3-6)。このピーク構造は、K-pp束縛状態のシグナルの可能性があります。
J-PARC実験で得られたピーク構造の起源を調べるため、私たちはK-3He→Λpn反応の理論計算も行いました。K-pp束縛状態が生成されたと仮定すると、図3-6の赤い太線が得られ、J-PARC実験のピーク構造を定性的によく再現することが分かりました。これは、J-PARC実験でK-pp束縛状態が本当に生成されたことを強く支持しています。
この束縛状態は、反K中間子という“奇妙な粒子”と二つの核子とが強い相互作用で結合した、新しい原子核の存在形態です。