図3-7 非磁性状態から作られる様々な状態
磁石が磁力を持つのは、磁石の中にいる電子それぞれが小さな磁石としての性質を持ち、その小さな磁石が同じ向きに揃っているためです。この電子の磁石としての性質をスピンといいます。
一つのイオンの中に二つの電子がいる場合には、この電子のスピンが逆向きになって打ち消しあって、磁石としての性質を失ってしまうことがあります。このようなイオンを非磁性なイオンといいます。電子が奇数個のイオンをクラマースイオン、偶数個のイオンを非クラマースイオンといいますが、非磁性になるためには、スピンが打ち消しあう必要があるため、非磁性イオンは必ず非クラマースイオンです。
非磁性なイオンは、普通は磁石としての性質を持つことはありません。しかし、イオンや電子のようなミクロな世界をつかさどる量子力学によると、非磁性なものから磁性を持つものを作り出すことが可能なのです。
もし非磁性な状態が二つある場合には、その片方に虚数単位 i を掛けてから足し合わせた「重ね合わせの状態」というものも量子力学では許されます(図3-7(a))。この状態では、電子がところどころで渦のような電流を作って電磁石のようになって、磁石としての性質が復活します。そして、磁石のN極が場所によって上向きになったり下向きになったりした電子が分布しています。このような状態を高次の磁性を持つ状態と呼ぶこともあります。
では、非磁性な二つの状態がある場合に、本当に磁性を持つ状態を実現できるのでしょうか。また、実現できるとしたら、どのような場合なのでしょうか。この疑問に答えるために、私たちは理論計算を行いました。そして、イオンが結晶軸の方向に並んでいる場合には、非磁性の電子状態の並び(非磁性秩序)が実現することが分かりました(図3-7(b))。それに対して、イオンが斜め方向に並んでいる場合には、磁気的な電子状態の並び(磁気秩序)が実現することが分かりました(図3-7(c))。よって、イオンが斜め方向に並んでいるような物質を探索すれば、このような一風変わった磁性状態が見つかると、この理論は予測しています。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.15K05191)「変分理論による重い電子状態と磁気秩序状態の競合の研究」の助成を受けたものです。