図9-8 純タングステンとタングステン・レニウム合金の照射効果
(a) これまでの実験からタングステンにレニウムを混合させると中性子照射によって形成される格子欠陥が純タングステンに比較して抑制されることが知られていました。
(b) 第一原理計算をベースにした計算科学研究から、純タングステンでは弾き出された格子間原子が直線的に、タングステン・レニウム合金ではランダムに運動することが判明しました。
(c) 格子間原子の軌道がランダムになることにより空孔との再結合率が上昇することが判明し、レニウムによる照射効果軽減のメカニズムが分かりました。
原子力においてエネルギーをもたらすのは、中性子を介した核分裂や核融合の連鎖反応です。よって、炉を形作る材料が中性子を浴びることにより時間とともに劣化するのはどうしても避けられません。しかしながら、安全性や経済性の面から、その影響をなるべく小さくすることが求められます。特に、将来の核融合炉の内壁は高エネルギーの中性子照射にさらされる上に高温のプラズマにもさらされる過酷な条件下での利用になります。このような内壁に現在、高融点材料であるタングステンまたはタングステン合金の利用が検討されています。
当初タングステン結晶は、核融合炉の燃料である重水素などの水素の同位体を吸収しにくく、内壁に適していると考えられていました。しかしながら、中性子照射によって内壁に空孔と呼ばれる原子サイズの穴が作られて、そこに水素同位体が吸収されることが分かってきました。燃料が内壁に吸われてしまうのは経済性や安全性の観点から望ましくありません。一方、タングステンにレニウムを混合させると、照射による影響が減ることが昔から知られていますが(図9-8(a))、その原因は分かりませんでした。また、タングステンの中でレニウムは時間とともに徐々に集まってきて塊を作り、タングステンを割れやすくしてしまうという悪い効果もあります。そこで私たちは、レニウムの良い効果を他の元素で代替できないかと考えました。そのためには、まずレニウムの良い効果はどのようにして起きるのかを解明しなくてはなりません。
高速中性子によって結晶格子の位置から原子が弾き出され格子の間に入り込み、弾き出された跡には空孔が残ります。照射の影響が少ないということは、弾き出された格子間原子がまた空孔に戻ってきて、元の状態になりやすいことを意味しています。このような現象を再結合と呼びます。私たちは、密度汎関数法と呼ばれる量子力学的な第一原理計算を用いて、弾き出された原子の動きが純タングステン中とタングステン・レニウム合金中とではどのように違うのかを詳細に調べました。その結果、純タングステンでは弾き出された原子が直線的に動き、合金ではランダムに動くことが分かりました(図9-8(b))。この違いが、再結合にどのように影響するのかを示したのが図9-8(c)です。ある一つの弾き出された原子が、移動距離半径内に分布している空孔と出会う確率を示しています。純タングステンより合金において出会いの確率が上がっていることが分かります。よって、私たちは原子のランダムな運動が照射の影響を軽減するという仮説を立てました。そして、その仮説をこれまでの様々実験結果と矛盾しないかを慎重に確認しました。その結果、私たちはこの仮説がほぼ正しいと確信するに至りました。今後は、この結果を踏まえ、新しい合金を計算科学的に探していきます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.15K06672)「タングステン合金における照射誘起析出発生メカニズム解明」の助成を受けたものです。