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核共鳴散乱で元素・サイトを分離して格子振動を観察
―マグネタイトのA、Bサイトの鉄原子の格子振動状態の計測に成功―




図5-7 マグネタイト(写真はFe3O4の自然鉱物)

マグネタイトは人類が発見した最古の磁性体で、応用上、重要なスピネル型フェライトの1つです。物性研究では、温度が約120Kで生じる金属絶縁体転移が典型的な電荷秩序転移(フェルベー転移)として興味が持たれていますが、そのメカニズムの「謎」は未だ解かれていません。


図5-8 マグネタイトFe3O4の結晶構造

Fe原子は結晶学的に異なるA、Bサイトに配置し、室温で各サイトのFe原子の電荷は+3 価、+2.5 価を持ちます。転移温度以下では、+2.5 価のBサイトFeイオンが+2 価と+3 価の2種類のイオンに分かれ、金属絶縁体転移を起こすと考えられています。



拡大図(48.2KB)

図5-9 Fe3O4中のFe原子の格子振動状態密度

左側のグラフの黒線は、核共鳴非弾性散乱法により計測されたFe3O4中のFe原子全体の格子振動状態密度です。核共鳴非弾性散乱スペクトルの各測定点で時間スペクトルを測定すると、A、BサイトのFe原子の電子状態の違いを反映した量子ビートのパターン変化が観測されます(右上のグラフ参照)。これらのスペクトルを解析することで、A、BサイトのFe原子の部分格子振動状態密度を、左図の青線、赤線で示されるスペクトルとして分離できます。




 マグネタイト[Fe3O4]が、低温でフェルベー転移と呼ばれる電気伝導度の急激な減少(金属絶縁体転移)を示すことはよく知られていますが、その物理的起源は、多くの研究にも関わらず、未だ解明されていません(図5-7)。その起源を探るには、フェルベー転移の舞台となっているFe3O4のスピネル構造のBサイトに属する鉄(Fe)イオンの電子状態や格子振動状態の温度依存性を詳細に調べることが非常に重要です(図5-8)。
 一方、放射光を特定元素の核共鳴励起エネルギー近傍でエネルギーを変化させて試料に入射し、共鳴元素の振動状態を反映した非弾性核共鳴散乱を観測すると、物質中の特定元素の格子振動状態密度の測定(核共鳴非弾性散乱法)が可能になります。しかしながら、Fe3O4のように結晶学的に異なるサイトに位置する同種元素(Fe)の格子振動状態密度を分離して計測することは困難であると考えられていました。これに対し、私たちは、核共鳴非弾性散乱スペクトルの測定を行う際に、エネルギーの各点で異サイト中のFe原子の電子状態の相異を反映した量子ビートパターンの変化を時間スペクトルとして観測し、各サイトのFe原子がフォノン状態密度に寄与する成分比率を求めることにより、Fe3O4のBサイトのFe原子の格子振動状態密度を測定できることを世界で初めて提案し、実証しました(図5-9)。本手法は、マグネタイトの低温相のフェルベー転移のみならず、複雑な構造を持つ化合物の物性発現機構の解明を行う際の強力なフォノン物性研究ツールになると期待されます。



参考文献
M. Seto et al., Site-Specific Phonon Density of States Discerned Using Electronic States, Phys. Rev. Lett., 91(18), 185505 (2003).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2005
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