6-6 ミュオンスピン緩和法で見たプルトニウム金属の磁性

−固体物理の難題に迫る−

図6-10 原子の占める体積の系統的変化

図6-10 原子の占める体積の系統的変化

3d、5f、4f 電子系の順に原子体積は大きくなり、電子の局在性が変化していることを示しております。

図6-11 金属プルトニウムの構造相転移

図6-11 金属プルトニウムの構造相転移

温度の変化に伴い6つの構造をとり、特にδ相において最大の体積を持つようになります。

図6-12 ミュオンでみた内部磁場の温度変化

図6-12 ミュオンでみた内部磁場の温度変化

δ-Pu、α-Puともに低温に至るまで内部磁場にはほとんど変化がなく、磁気秩序がないものと結論されました。高温側でのわずかな変化はミュオン自身の運動によるものと考えられます。

5f電子系であるアクチノイド物質は3d電子系と4f電子系の中間的な大きさを持ちます。この大きさは電子局在の強さを反映しております。図6-10に示したように5f電子系はこの電子局在の効果を系統的に調べる上で重要で、電子相関が重要な役割をはたすことがよく認識された今日の固体物理の普遍的な理解に欠かすことができない研究対象です。5f電子系は実験的な検証が他に較べて少ないのですが、そこには重要な問題が数多く存在します。そしてその中でもPuのδ相(δ-Pu)における磁性は最大の謎といって過言ではありません。図6-11のようにPu金属は温度により6つの結晶構造をとることが知られており、α相とδ相の間では26 %もの体積が変化しております。この大きな体積変化を説明するために多くの理論的考察がなされ、それらからはδ-Puでは5f電子が局在するために体積が拡がり、その局在した5f電子が磁気秩序するものと予想されておりました。ところがこれまで行われてきた実験では磁性の有無を決めることはできておらず、今まで基底状態は明らかになっておりませんでした。

私たちは加速器により作られた素粒子ミュオンを用いた実験手法であるミュオンスピン緩和法(μSR)を用いてδ-Puの基底状態の研究を行いました。μSR法は他の手法に較べて格段に高い感度で物質内部の磁場を検出できるだけでなく、磁気的な周期性がない物質の磁性も観測できるため磁気的基底状態を確定するのに最も強力な実験手法です。この手法によりわずかにガリウムを混ぜることで安定化させたδ-Puの磁性を微視的な視点から探りました。図6-12に実験結果を示します。ミュオンは磁場を感じてそのスピンの向きを変えていき、最初に持っているスピン偏極度を失っていきます。その時間の逆数を表すミュオンスピン緩和率は内部磁場の大きさを反映しており、実験で得られたミュオンスピン緩和率の大きさから低温においても50μT程度の微弱な内部磁場しか存在しないことがわかりました。この小さな磁場はPuの原子核が作る磁場と考えられることから、低温においても電子スピンの作る内部磁場の発達はなく、どのような形の磁気秩序も存在しないものと結論されました。このμSR実験によりδ-Puの磁性について実験的な決着が付くに至ったものと考えております。同様な結果はα-Puについても得られ、やはり非磁性の基底状態を持つものと確認されました。

この結果は一見単純とも思える単体金属の磁性ですらその理解が容易ではないという5f電子物質の奥深さを如実に示した例と言えます。今後さらに理解を進めていきたいと思います。