図5-15 本研究で想定した臨界事象の進展
図5-16 ステアリン酸亜鉛の熱分解特性に係る試験結果
核燃料施設の安全性を確認するためには、臨界事故を仮定した場合の環境影響評価が重要であり、そのためには事故時の核分裂数や出力の時間履歴等を評価するための基礎データ及び手法の整備が必要となります。計画されているMOX燃料加工施設では、主要な工程を乾式とする一方で、MOX粉末調整工程において、MOX燃料の密度調整等のためにステアリン酸亜鉛((CH3(CH2)16COO)2Zn)を添加剤としてMOX粉末に加えることとしています。これは中性子減速効果を有するため、誤って多量に添加された場合には、MOX粉末体系の核的特性に対して影響を与える可能性があります。万が一臨界に至った場合、ステアリン酸亜鉛は、加熱されて融解や熱分解等の物理的・化学的変化を受けるためMOX燃料の核的な動特性に対して影響を及ぼすことになります。また、熱分解によるステアリン酸亜鉛の消費は、臨界の停止機構の一つとなりえるものと考えられます(図5-15)。本研究では、示差走査熱量計(DSC)及び測圧型圧力容器を用いて、ステアリン酸亜鉛の吸発熱特性データ及び分解ガス発生挙動データを取得するとともに、事故時のステアリン酸亜鉛の熱分解特性評価モデルの検討を行いました。
結果の一例を図5-16に示します。DSC測定結果から、ステアリン酸亜鉛は大きな発熱を伴う急激な熱分解は起こさない熱的に安定な物質であることが分かります。温度の上昇とともにいくつかの吸発熱ピークを生じ、400℃付近から大きな吸熱ピークを示すことを確認しました。測圧型圧力容器の測定結果でも、ほぼ同じ温度からの急激な圧力上昇が観察されていることから、この吸熱ピークはステアリン酸亜鉛の熱分解反応の進行に伴うものであると推測されます。DSC測定結果をもとに、ステアリン酸亜鉛の各吸発熱ピークに係る吸発熱量と反応速度定数を評価し、圧力上昇挙動からステアリン酸亜鉛の熱分解ガスの平均分子量の推定を行いました。これらを用いることで、MOX燃料の臨界に伴うステアリン酸亜鉛の物理的・化学的状態の経時変化を矛盾なく模擬できることを示しました。今後核的な動特性解析コードの開発とリンクさせることで、体系内の流動や密度変化をも考慮し得る動特性解析手法の開発につなげていく予定です。