6-2 フラーレン−コバルト薄膜の巨大磁気抵抗効果

−有機分子フラーレンでスピンを操る−

図6-4 コバルト-K吸収端のX線吸収微細構造を解析して得られたフラーレン-コバルト化合物のコバルト原子周りの動径構造関数と原子構造モデル

図6-4 コバルト-K吸収端のX線吸収微細構造を解析して得られたフラーレン-コバルト化合物のコバルト原子周りの動径構造関数と原子構造モデル

原子間距離は位相シフト分だけ実際の距離と異なります。同関数からコバルト原子(赤)がフラーレン分子(青)間に結合した構造が示されました。

 

図6-5 5Tの磁場による電気抵抗減少率の電圧依存性(温度:2-20K)及び温度が4.2Kでの抵抗減少率の磁場依存性(挿入図)

図6-5 5Tの磁場による電気抵抗減少率の電圧依存性(温度:2-20K)及び温度が4.2Kでの抵抗減少率の磁場依存性(挿入図)

ここでの抵抗減少率を磁気抵抗率と呼びます。磁気抵抗率は電圧により変化して最大で80%以上に達しました。

現在まで、コンピュータなどの電子機器は、記憶素子やトランジスタなどの素子を微細化・高集積化する加工技術の発達とともに急速な発展を遂げてきました。しかし、微細化技術による機能の向上は、近い将来、限界に至るといわれています。その限界を超える新しい技術としてスピントロニクスが注目されています。従来の電子デバイスは、電子の持つ電荷によって情報の処理や記録を行っていましたが、スピントロニクスでは、電荷に加えて電子の別の性質であるスピンを利用することでデバイスの機能を飛躍的に高めることができます。スピントロニクスの実現には、電子のスピンの状態(上向き/下向きスピン)を磁場によって操作する磁気抵抗材料の開発が必要であり、磁場による電気抵抗の変化の割合(磁気抵抗率と呼びます)の大きい物質・材料を探索することが世界中で行われています。これまで、同分野の研究は無機材料について行われてきましたが、代表的な材料として、酸化物などの絶縁体中に磁性金属のナノ粒子が分散した構造の薄膜(グラニュラー薄膜)で電子のトンネル効果によって生じる磁気抵抗率の大きさは30%以下でした。

私たちは、このようなトンネル磁気抵抗材料に有機分子「フラーレン」を用いることで、スピンを操作するための磁気抵抗効果を従来材料の数倍以上に大きくできることを初めて明らかにしました。フラーレンとは、60個の炭素原子がサッカーボールの形に結合した有機分子です。私たちは、これまでに、フラーレン分子とコバルト原子を真空中で混ぜ合わせるとコバルト原子がフラーレン分子間に結合した化合物が生成することを発見しました(図6-4)。更に、混合する組成によっては、フラーレン-コバルト化合物中に直径が数nm以下のコバルトナノ粒子が分散したグラニュラー薄膜が得られることを見いだしました。このようなフラーレン-コバルト化合物を含む薄膜の磁気抵抗効果を調べたところ、温度が約10K以下の低温で80%を超えるトンネル磁気抵抗効果を示すことを発見しました(図6-5)。観測された磁気抵抗率の大きさは、トンネル電子のスピンの向きが完全に一方にそろった極限的な条件で生じ得る磁気抵抗率の理論上の上限(50%)を大きく超えており、グラニュラー薄膜として世界最高の値です。現在、同抵抗効果のメカニズムについて研究を進めていますが、フラーレン分子がコバルト原子と結合した状態がスピンの向きをそろえる働きをすることなど、フラーレンが巨大磁気抵抗効果の発現に重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります。また、磁気抵抗率が試料に加える電圧により数倍の範囲で増減することなど、これまでの無機材料とは異なる振る舞いも見いだされています。

私たちの研究で、フラーレンなど有機分子から成る材料がスピントロニクスに有用であることが初めて明らかになりました。今後の研究でこの特異な磁気抵抗効果のメカニズムが明らかになり、有機分子によるスピントロニクス材料のデザインが可能になれば、有機分子の他の重要な性質である光や電界に関する機能性との複合化など、無機材料とは一線を画する「分子スピントロニクス」への発展が期待できます。