図4-2 飛翔鏡の原理検証実験の模式図
図4-3 プラズマ中に生成された光速飛翔鏡によって反射された光(X線)
近年、レーザーの集光強度は飛躍的に上昇し、高強度レーザーは多くの研究者によって非線形光学,量子ビーム発生などに代表される様々な分野に利用されてきました。しかし、1022W/cm2を超える高集光強度の獲得は従来の高強度レーザーの大型化なしには不可能です。それに対して、2003年に私たちはレーザーを大型化せずに高強度を得る画期的なアイデアを発案しました。この方法では高強度レーザーをプラズマ中に集光し、プラズマ中の電子をレーザーによって集群させます。すると、この電子のかたまり(ほぼ光速で進行する鏡=光速飛翔鏡)はあたかも鏡のようにふるまい、別のレーザー光を照射し反射させて集光ができるというものです。この方法には以下の利点があります。(1)金属などではなく「電子のかたまり」を鏡として用いるため、通常の光学素子に比べて強いレーザー光を当てても壊れにくい。(2)ドップラー効果により鏡に反射されたレーザー光の周波数が増大すると同時に、波長が短くなるためより小さく絞ることができ、高い集光強度を出す条件が得られる。(3)周波数上昇と同時にパルス持続時間も圧縮され高強度になる。
この飛翔鏡の原理検証は、μmの精度で衝突させること、レーザーからの強い迷光があることなどの実験的な困難さから実証されていませんでした。私たちは、チタンサファイアレーザーを用いて斜め入射による原理検証実験を行い、上記の困難を解決するための実験装置を組み上げ、高精度に衝突を制御し、原理検証に成功しました。図4-2に示す装置により、ピーク出力2TW,パルス幅80fsのチタンサファイアレーザー光を、ヘリウムガス中に集光させました。その際、レーザー光が振動する原因を突き止め、レーザー光の位置の安定化を実現し、また、二つのレーザーを微小部分に精密に集光する技術を開発しました。これは、元のレーザーから切り分けた光を照明光として用いることで、衝突する部分を顕微鏡のように観察する装置で、これを二つの方向から利用し、更に上部からも観察することで、二つのレーザーが精度良く衝突するように調整できました。
二つのレーザーが衝突した場合に、図4-3に示すように、前方方向に極端紫外領域の光を観測しました。入射したソース光の波長は780nm(周波数380THz)ですが、反射されて波長13.4nm(周波数22,300THz)に波長が短縮(周波数上昇)しています。この反射光の強度は3×107/srであり、プラズマ電子のインコヒーレントな散乱の強度よりも100倍以上高い値でした。詳細なデータ解析の結果、これはプラズマ中に生成された電子のかたまり(光速飛翔鏡)からの反射であると結論付けることができました。
この成果は、世界で初めてプラズマ中に光速飛翔鏡が実現したことをレーザー光の反射光の周波数の上昇から確認したもので、「第2回(2008年)日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)」を受賞しました。この手法により1029W/cm2という超高強度場が実現し、真空からの電子・陽電子対生成などの超高強度場科学という新しい学問分野の開拓につながります。また、本手法は、反射光を時間的に圧縮し、かつ、周波数を上昇させるので、新たなアト秒領域の高輝度X線源としても有望で、まだ始まったばかりのこの分野を推し進めるのに役立つと期待されます。