図4-12 レーザー駆動陽子線発生装置の模式図及び得られた陽子線のスペクトル
図4-13 世界各国におけるエネルギー1J級のレーザーを使用した陽子線発生実験結果
超高強度極短パルスレーザーを金属や高分子などの薄膜状の物質に照射することにより、特定の方向に高エネルギーの陽子線が発生することが知られています。このときの加速場の空間サイズは既存の加速器と比べて大変小さい(μmレベル)ため、加速器のスケールダウンを期待できます。ところがこれを産業,医療利用するためには、より小型のレーザー装置を使って、所定の陽子線照射量を定められた時間内に得ることが課題となっています。レーザー照射当たりの陽子線数の向上には、レーザー光のエネルギーから陽子線エネルギーへの変換効率の向上が必要不可欠です。これまで数%以上の高い変換効率を得るためには、レーザーパルス光のエネルギーが数10ジュール(J)級以上の大型のレーザー装置が必要でした。小型のレーザー装置を用いた場合の変換効率は、従来は1%程度以下の状態でした。
今回、私たちは、大韓民国光州科学技術院高等光技術研究所,財団法人電力中央研究所,大阪大学レーザーエネルギー学研究センターとの共同で、レーザーパルス光のエネルギーが1J級の小型超高強度極短パルスレーザー装置(一部屋に納まるサイズ)から得られるピーク出力50TW,パルス幅34fsのレーザー光を、厚さ7.5μmの絶縁体薄膜(ポリイミド)に集光,照射することによって、最高エネルギー4MeVの陽子線を、効率良く発生加速させて強い陽子線を得ることに成功しました(図4-12,図4-13)。加速された陽子線へのエネルギー変換効率は〜3%に達しています。このときピーク電流値は0.3MAに相当します。数MeV級のエネルギー領域におけるこのような高ピーク電流の陽子線は、従来の加速器で実現されている値に比べて何桁も大きい値です。
このような効率の高い陽子線発生及び加速の実現は、将来のがん治療へのレーザー駆動陽子線の応用及び産業応用に大きく貢献します。レーザーから陽子線へのエネルギー変換効率が向上したことにより、レーザー装置に要求される開発目標値(エネルギー10J,繰返し100Hz)を下げることができ、レーザー駆動陽子線加速器の実現へ向け大きく前進することができるからです。
今回得られた陽子線生成システムは、レーザー加速器開発計画にとって、小型のレーザー装置を用いて効率良く陽子線を生成することができるということを示した点が画期的であり、レーザー駆動陽子線の医学利用,産業利用へ向けた開発に弾みをつける結果となっています。しかしながら、レーザー駆動陽子加速単体で医学利用を行うためには、陽子線エネルギーを少なくとも80MeV以上とする必要があり、更に実際に患部に照射するためには、そこまで陽子線を伝送し、治療にふさわしい陽子線(エネルギー,粒子数,空間分布)にして照射する必要があります。現在、私たちは、レーザー駆動陽子線加速器の実現に向け、陽子線発生部の開発に加え、伝送,照射システムの開発を進めています。