図4-14 Mn3Cu1−xGexNの結晶構造と磁気構造
図4-15 Mn3Cu1−xGexN(x=0.15, 0.5,0.7)の磁気散乱強度の温度依存性と格子定数の温度依存性(挿入図)
図4-16 Mn3Cu1−xGexN(x=0.15, 0.5,0.7)の300Kで得られた原子対相関関数G(r)とこれから予想されるMn八面体の回転(挿入図)
通常の物質は温度が上がるとその体積は膨張します。しかし温度が上がると逆に収縮する不思議な物質がごく稀に存在します。この原因の一つとして磁気体積効果と呼ばれる現象があります。これは降温によって磁気秩序の発達とともに体積が膨張する現象です。特に体積変化(すなわち磁気体積効果)が温度に対して緩やかに起きる現象をインバー効果ともいいますが、そのメカニズムについては100年近く研究されているものの明確な結論が出ていません。独立行政法人理化学研究所の竹中らはMn3CuNのCuの部分を一部Geに置き換えた物質Mn3Cu1−xGexN(図4-14)で、Ge濃度x〜0.15では温度に対して急激な磁気体積効果が生じ、xを増大させると体積変化が温度に対して緩やかになること、しかも温度上昇に対する体積収縮率が過去最大であることを発見しました。私たちはこの物質における磁気体積効果の緩和メカニズムの解明を目的として粉末中性子回折実験を行いました。
まず本物質について磁気体積効果を示さないx<0.15の試料も含めて結晶構造と磁気構造を調べるためにJRR-3において回折実験を行いました。その結果、本物質は立方体の結晶構造を保ち、Mn磁気モーメントが図4-14の配列をとる場合においてのみ大きな磁気体積効果が生じることを明らかにしました。また、図4-15に示すように図4-14の配列を持つ磁気モーメントによって生じる磁気散乱強度の温度変化を調べた結果、磁気モーメントの大きさ(散乱強度に対応)が緩やかに増大する試料では体積膨張も緩やかであることも分かりました。
つまりこの物質ではxを変えても結晶構造及び磁気モーメントの配列は変化せず、磁気モーメントの成長の温度変化にのみ変化が生じています。この原因として私たちはCuとGeという大きさの異なる元素が不規則に存在することによって生じ得る、周期性を持たない構造ひずみの可能性に着目しました。そこでロスアラモス国立研究所での測定から原子対相関関数G(r)を導出してこの物質の局所構造を調べました。得られたG(r)を図4-16に示します。0.19nm付近の下向きのピーク(1)はMnとNの相関を表し、0.28nm付近のピーク(2)はMn同士及びMnとCu(Ge)の相関の足し合わせを表します。ピーク(1)は1本で鋭いものの、ピーク(2)は矢印のように二つに分裂して見えます。前者はMn正八面体がその形を保っていること、後者はそれが回転してMn-Cu(Ge)間距離に長短が生じたことを示します(図4-16挿入図)。またこのMn正八面体の回転は平均の構造としては観測されないことから、周期性を持たない局所的な構造ひずみであることが分かります。更に図中の矢印から分かるように、xが大きく昇温による体積収縮が緩やかな試料ほどMn-Cu(Ge)間距離の長短の差が大きい、すなわちMn正八面体の回転が大きいことも分かりました。私たちはこの研究によって従来全く考慮されてこなかった局所構造ひずみが磁気体積効果の緩和、インバー効果に大きく関係していることを初めて明らかにしました。