4-8 長周期の奇妙な結晶構造を金属水素化物で発見

−金属格子中の水素によって誘起される現象解明への手掛かり−

図4-19 YH3のX線回折パターン

図4-19 YH3のX線回折パターン

(a)YH3の14.0GPaにおける放射光X線回折パターン
(b)27層の長周期構造モデルでのシミュレーションパターン
(c)リートベルト法によるパターンフィッティングの結果

 

図4-20 YH3における金属格子構造の圧力変化

図4-20 YH3における金属格子構造の圧力変化

左から低圧相の六方晶構造,14.0GPaと17.9GPaにおける中間状態の長周期積層構造,高圧相の立方晶構造を示しています。

水素は最も小さく、最も軽く、そして化学的に活性な元素で、ほとんどの金属と反応し金属水素化物を形成することが知られています。物質中に侵入した水素は周りの原子と結合を作りますが、その結合様式は元素種や水素の位置する格子間位置によってイオン結合,共有結合など多様です。このような結合状態は物質の電子状態や磁性などの物性に大きく寄与しています。この結合状態やその強さを変えるパラメーターの一つに圧力があります。私たちは圧力を加えることによる絶縁体−金属転移が観測されているイットリウム水素化物(YH3)に注目して、圧力を加えて結晶格子を縮めることで、結合を作っている金属−水素間の相互作用、さらには水素−水素間相互作用を変化させたときの結晶構造を詳細に調べました。こうした相互作用を顕在化した状態における研究は水素によって誘起される現象の解明への手掛かりになると考えています。

SPring-8で高圧力下放射光X線回折実験を行った結果、YH3における圧力による六方晶から立方晶への構造変化の過程が明らかになりました。この構造変化は、電子状態が絶縁体から金属的に変わる11GPaから20GPaの広い圧力領域にわたって起こります。この領域はこれまで低圧相(六方晶)と高圧相(立方晶)のドメインがランダムに配置している二相共存状態であると理解されていました。しかしながら私たちは中間構造の高分解能の回折パターン(図4-19(a))とモデル構造を用いたシミュレーションパターン(図4-19(b))とを比較し、更にリートベルト解析によって実測パターンの再現(図4-19(c))を行った結果、中間構造はY金属面の長周期積層構造の単相で説明できることが分かりました。この長周期積層構造は六方晶構造を形成するABA型配列(H層)と立方晶構造を形成するABC型配列(K層)の二つの異なる積層パターンの周期配列で表すことができます。図4-20に示す14.0GPaにおける27層構造モデルでは4層のH層と5層のK層の交互配列で表すことができ、17.9GPaのモデルでは2層のH層と7層のK層で表すことができます。このように私たちは、圧力を加えると単位胞中のK層の割合が増加し最終的にK層だけの立方晶構造と成ることを見いだして、YH3の圧力誘起構造変化はH層とK層の割合が徐々に変化していく逐次相転移であることを明らかにしました。水素を含まないY金属ではこのような長周期構造は出現しないため、Y格子間の水素が特異な長周期構造の形成と広い圧力領域にわたる逐次相転移に寄与していると考えられます。