4-9 高温作動燃料電池開発のブレークスルー

−高耐熱性芳香族高分子への導電性付与に成功−

図4-21 放射線グラフト重合法により開発した高性能燃料電池膜の構造模式図

図4-21 放射線グラフト重合法により開発した高性能燃料電池膜の構造模式図

高温耐久性のスーパーエンジニアリングプラスチックの分子鎖(幹)に足場分子鎖(枝)をつけ、次いで放射線グラフト重合することで、多数のプロトン導電性分子鎖(花)を導入することができました。

 

図4-22 高性能電解質膜の高温低加湿作動条件における燃料電池特性

図4-22 高性能電解質膜の高温低加湿作動条件における燃料電池特性

放射線グラフト重合により作製した電解質膜は、高温・低加湿条件において、市販のナフィオン膜に比べ、高い燃料電池性能を示しました。

高分子型燃料電池は、家庭の電力源や自動車の動力源として有望視されています。この分野における燃料電池には、発電性能向上のため触媒効率が上げられる高温での作動や電解質膜を常に湿潤状態に保つための加湿システムが簡素化できる低加湿条件での作動が望まれています。しかしながら、現在市販されている全フッ素系電解質膜(ナフィオン膜)は、80℃以下・飽和加湿条件で優れた耐久性を示しますが、90℃以上・50%相対湿度以下の低加湿条件では膜の劣化が著しく進行することが指摘されています。そのため、高温・低加湿条件で数千時間使用できる新しい高分子電解質膜の開発が待ち望まれています。

この要請に応えるため、高温耐久性を持つ耐熱性芳香族高分子(スーパーエンジニアリングプラスチック、略称「スーパーエンプラ」)を基材として利用することを発案し、燃料電池膜の開発を進めました。具体的には、代表的なスーパーエンプラであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)フィルムに対し、プロトン伝導性基を有するスチレンスルホン酸エチルエステル(ETSS)モノマーを放射線グラフト重合法で導入し、それを水中で加水分解することで高温・低加湿条件で作動する高性能電解質膜の作製に成功しました。この方法では、強酸を用いる過酷なスルホン化反応工程が不要となるため、本来のPEEK特性を保持した強靭な電解質膜を作製することができました。

これまで、PEEK分子鎖(幹)へのETSS分子鎖(花)のグラフト重合は、反応性が低いため、高いグラフト率が得られませんでした。そこで、反応の足場となる分子鎖(枝)を始めに幹につけることにより、花のグラフト反応性を高めようと考えました。枝としてはグラフト反応性が高いジビニルベンゼン(DVB)モノマーを用いました。この結果、枝を介して幹に沢山の花を放射線グラフト重合でつけることができ、導電性が高く、高温耐久性のある電解質膜を創ることができました(図4-21)。

この電解質膜の燃料電池性能を評価したところ、高温・低加湿(セル温度95℃,相対湿度40%)条件において、ナフィオン膜より高い発電性能を示すことが分かりました。電解質膜の性能は、発電性能に加えて長時間における安定性が重要です。その安定性は通常、電流密度を一定にし、セル電圧の低下で評価します。ナフィオン膜はセル温度95℃,相対湿度40%条件では、劣化による薄膜化やピンホールによる膜のバリアー性低下により、短時間でその性能が低下します。これに対し、開発した電解質膜では安定性が大幅に改善でき、250時間に至るまでスタート時のセル電圧がほとんど変化しないことから、数千時間の耐久性を実現できる目途を得ることができました(図4-22)。

このように、放射線グラフト重合を利用することで、高温・低加湿条件で長時間安定な発電性能を示す電解質膜の作製が可能となり、水素を燃料とした燃料電池用電解質膜の開発に大きなブレークスルーをもたらしました。