4-2 希薄磁性半導体の軟X線磁気円二色性による研究

−放射光が明らかにしたスピントロニクス材料の性能向上への指針−

図4-4 Ga1-XMnXAsの(111)面の模式図

図4-4 Ga1-XMnXAsの(111)面の模式図

MnsubはGaと置換されたMnイオン、Mnintは結晶格子の隙間に入り込んだMnイオンをそれぞれ表しています。

 

図4-5 Ga1-XMnXAsのいくつかの温度での磁化の磁場依存性

図4-5 Ga1-XMnXAsのいくつかの温度での磁化の磁場依存性

すべてのMnイオンのうち(a)Mnintが約26%でTc〜60K、(b)Mnintが約33%でTc〜40Kの試料です。Mnintの量は今回のXMCD実験から見積もった値です。

電子は「電荷」と「スピン」を持っています。半導体エレクトロニクスは、電荷の性質のみを利用しています。半導体スピントロニクスは、もうひとつの性質であるスピンの性質を半導体エレクトロニクスに融合させる技術です。その実用化には、半導体でありながら強磁性を示し、かつ室温以上の強磁性転移温度(Tc)を持つ物質の開発が必要となります。Ga1-XMnXAsは、その有力候補材料ですが、まだ室温以上のTcは達成されていません。この物質の強磁性はGaと置換したMn(Mnsub)により発現していることが分かっていますが、現状の試料作製技術においては、Mnsubだけでなく、格子間に侵入したMn(Mnint)の生成が避けられません(図4-4)。そして、Mnintの存在はTcが上昇しないことに影響しているのではないかと疑われていましたが、これまでそれらの関係が解明されていませんでした。

そこで、私たちは放射光を利用した軟X線磁気円二色性(XMCD)実験により、MnintTcへの影響を調べました。XMCDはMn原子1個当たりの磁化の大きさを抽出することができます。今回は、Mn L2,3吸収端におけるXMCDの詳細な磁場・温度依存測定を行いました。このXMCD実験はSPring-8の原子力機構専用ビームラインBL23SUで行いました。

図4-5にいくつかの温度における、XMCDから見積もられたMnイオン1個当たりの磁化の大きさの磁場依存性を示します。20Kでの実験結果に注目しますと、Mnintが26%でTc〜60Kの試料の方が、Mnintが33%でTc〜40Kの試料に比べて、自発磁化が大きく、磁場の大きさに対する磁化の傾きが大きいことが分かりました。これは、MnsubとMnintとの間に反強磁性相互作用が存在していることを示しています。つまり、Mnsubが強磁性状態になる一方で、Mnintがその強磁性を打ち消し、Tcの上昇を妨げていることが明らかになりました。

この研究成果は、希薄磁性半導体の最も代表的物質であるGa1-XMnXAsにおいて、その磁性を決定しているMnの磁気的な役割を明らかにした結果であり、半導体スピントロニクス社会実現に向けての材料の強磁性特性向上への指針を与えるものです。