図4-8 InGaP/GaAs/Ge三接合太陽電池の断面図
図4-9 放射線照射による量子効率の変化
図4-10 陽子線照射による発電特性の変化
人工衛星に搭載する太陽電池は、宇宙空間に存在する大量の放射線(電子線や陽子線)によって徐々に劣化してしまうため、太陽電池の積載量は打上げ直後ではなく、運用終了時の電池性能を予測して決定されます。したがって、宇宙用太陽電池には、小面積で大電力を生む高い発電効率に加え、高い耐放射線性が要求されます。そこで、耐放射線性の評価のために、加速器を用いた放射線照射試験(地上照射試験)が行われているわけですが、太陽電池の劣化メカニズムを解明し、放射線による電池性能の劣化モデルを構築すれば、予測に必要な試験回数を大幅に減らすことが可能であり、効率的で経済的な宇宙用太陽電池の開発が実施できます。
近年、従来の単結晶シリコン太陽電池に代わって、高い変換効率(〜28%)を持つInGaP/GaAs/Ge三接合太陽電池(図4-8)が宇宙用の主流となりつつあります。ところが、この三接合太陽電池の耐放射線性については未だ十分な知見が得られていないため、高い耐放射線性の実証と正確な寿命予測が不可欠であるといえます。そこで本研究では、三接合太陽電池に電子線や陽子線の照射を行い、光デバイスシミュレータによって電池性能を評価し、放射線劣化挙動を明らかにしました。そして、実験結果をもとに劣化モデルを構築し、その妥当性について検証しました。
図4-9は、三接合太陽電池に3MeV陽子線,2MeV電子線を照射した際の量子効率(各波長での電流変換効率)の変化です。これより、三接合太陽電池を構成する各層に対してキャリア濃度や拡散長などの物性値が導出され、これらをもとに発電特性(短絡電流Isc及び開放電圧Voc)を計算し、実験値と比較した結果が図4-10です。ここでは陽子線の結果のみ表示しましたが、電子線の場合とともに、いずれの粒子エネルギーについても実験値とシミュレーション結果は非常に良い一致を示すことから、今回提案した劣化モデルは妥当であるといえます。
また、非イオン化エネルギー損失(NIEL)という指標を用いれば、各層の物性値の劣化挙動を統一的に解釈できることも分かりました。これらのことから、人工衛星のミッションで予測される放射線暴露量に対応する物性値の劣化量を見積もり、その劣化量に相当する電池性能をシミュレートすれば、実宇宙空間における三接合太陽電池の寿命を予測することが可能になると考えられます。