5-1 チェルノブイリデータで環境評価モデルを検証する

−環境影響評価モデルOSCAARの妥当性検証−

図5-2 Plavsk地域における137Csの地表汚染分布

図5-2 Plavsk地域における137Csの地表汚染分布

EMRAS計画ではチェルノブイリ事故で汚染されたモスクワの南約200kmに位置するPlavsk地域を対象に、参加機関のモデルの妥当性検証が実施されました。131Iの大気中濃度や地表汚染濃度の測定データは十分でなく、参加機関には図に示す137Csの地表汚染分布及び気象データ,住民の生活態様や食習慣の聞き取り調査の情報が与えられました。137Csの土壌表面濃度は降雨の影響もあり、20〜600kBq/m2の高いレベルの範囲(37kBq/m2は最初の1年に1mSvの被ばくをもたらすレベル)で不均一な分布を示しています。参加機関は、137Csのデータから131Iの地表汚染,食物連鎖中移行,甲状腺負荷量をモデルで推定しました。

 

図5-3 Plavsk地域における131I甲状腺負荷量
図5-3 Plavsk地域における131I甲状腺負荷量

Plavsk地域の15の居住区及びPlavsk市の住民の131I甲状腺負荷量に対するモデル予測値と測定値の散布図です。OSCAARモデルを含む五つのモデルの結果が示されています。中央の線は予測値と測定値が一致する場合を示し、その両側の線は測定値に対してファクター3の範囲を示しています。すなわち、このケースでは測定値の1/3から3倍の範囲にモデル予測値の70%が含まれる結果となりました。131Iは主として吸入とミルク摂取で甲状腺に取り込まれますが、主に大気-牧草-ミルク経路の摂取量が正確であれば、参加機関の多くが用いているヨウ素代謝モデルは、比較的高い精度で甲状腺負荷量を推定できることが明らかとなりました。また、大気中の131Iの吸入による甲状腺負荷量の寄与は約10%程度と推定されました。

環境中における放射性核種の移行挙動を評価し、人への被ばく経路を予想し、被ばくの程度を推定するために、様々な数学モデルが用いられます。こうしたモデルは、原子力施設の許認可の際の安全評価や事故時の影響評価、あるいは事故後の線量再構成といったあらかじめ十分な測定データが得られていない場合に、放出される放射性核種の人や環境への影響を推定するために用いられます。特に、評価モデルの結果が安全や許容レベルに関する規制の判断などに用いられる場合には、科学的な理解だけでなく公衆の理解を得るという点からも、数学モデルによる評価結果の信頼性の程度を明らかにしておくことが重要となります。

こうした観点から、放射性核種の生態圏における移行モデルの妥当性を検証するための国際共同研究として1986年にスウェーデン放射線防護研究所の主催でBIOMOVS計画が開始されて以来、私たちはこうした国際共同研究に参加し、様々な被ばく状況,環境媒体及び放射性核種について、野外の実測データを利用して関連する移行モデルの妥当性,信頼性の検証研究を進めてきました。

国際原子力機関(IAEA)によるBIOMASS計画やEMRAS 計画では、原子力発電所や核燃料施設に起因する環境影響評価で重要な131Iと137Csに着目し、チェルノブイリ事故で得られた野外の測定データを利用して、原子力施設の確率論的安全評価に用いるため原子力機構で開発した環境影響評価モデルOSCAARの生態圏移行及び被ばく評価モデルの妥当性を検討しました。図5-2及び図5-3は大気,土壌,農畜産物などの環境媒体中の131Iと137Csの測定データを用いて、大気から農作物、土壌から農作物、牧草から畜産物への移行モデル及び人のヨウ素代謝モデルの妥当性を検証した例です。このような研究からモデルの予測性能を検証し、モデルやパラメータの不確かさを評価して、環境評価モデルの信頼性向上に役立てています。