6-1 C60-Co薄膜で生じる巨大磁気抵抗効果の起源を解明

−放射光で探る有機分子-遷移金属材料のスピン状態−

図6-2 C60-Co化合物のX線吸収スペクトル及び磁気円二色性スペクトル

図6-2 C60-Co化合物のX線吸収スペクトル及び磁気円二色性スペクトル

(a)Coの2p→3d内殻励起によるX線吸収スペクトル
(b)磁場50kOe,温度6kで測定した磁気円二色性スペクトル測定は円偏光した放射光を用いて、試料に加える磁場の方向を反転させて行いました。

 

図6-3 磁気抵抗率の温度依存性

図6-3 磁気抵抗率の温度依存性

磁場50kOeで測定した磁気抵抗率(MR0)及びトンネル磁気抵抗効果の理論モデルに、C60-Co化合物中に局在する電子スピンの影響を考慮した磁気抵抗率の計算値(MRcalc)。は、C60分子とCo原子の割合が異なるC60-Co薄膜でのMR0の変化を表しています。

電子の持つ電荷とスピンを同時に利用して、全く新しい機能を持つ電子デバイスを実現しようとする研究(スピントロニクス)が盛んに行われています。スピントロニクス・デバイスの主要な動作原理に磁気抵抗効果があります。磁気抵抗効果とは、素子に磁場を加えた際に、電気抵抗が変化する現象です。磁気抵抗効果が生じる原因は、スピンの向き(アップ/ダウン)の違いによって、素子中を流れる電子の流れ易さが異なるためです。

2006年以降、私たちはフラーレン分子(C60)とコバルト原子(Co)から成るフラーレン-コバルト(C60-Co)薄膜が、従来の無機系材料と比べて著しく大きなトンネル磁気抵抗(TMR)効果を示すことを発見してきました。今回、放射光によるX線吸収分光測定及び磁気円二色性測定を行い、薄膜中に存在するC60分子とCo原子の化合物(C60-Co化合物)が、巨大TMR効果の発現に重要な寄与を及ぼしていることを明らかにしました。

図6-2(a)にC60-Co薄膜のX線吸収分光測定の結果を示します。C60-Co化合物の吸収スペクトルには、複数の成分(赤線)が存在することが分かります。これはC60分子にCo原子が結合することで、Co原子の電子状態が変化したためと解釈されます。さらに、C60-Co化合物がスピンの偏りを示す磁気円二色性信号(緑線)を生じることが分かりました(図6-2(b))。観測された信号は、C60-Co化合物の吸収スペクトルで見られる特定の成分(青線)に対応することが分かります。このことは、C60-Co化合物中に局在する電子のスピンに偏りが存在する(局在スピンが存在する)ことを意味しています。

以上の結果を踏まえ、TMR効果の理論モデルに、磁場を加えることによるC60-Co化合物の局在スピンの向きの変化が、薄膜中を流れる電子(伝導電子)のスピン偏極率(アップ/ダウンスピンの数の差)に影響を及ぼす過程を考慮すると、伝導電子のスピン偏極率が100%(電子スピンの向きが一方に偏った状態)に近い場合に、磁気抵抗率の計算値(MRcalc)が磁気抵抗率の実験値(MR0)と一致することが分かりました(図6-3)。これは、C60-Co化合物の局在スピンの働きにより伝導電子の電子スピンに大きな偏りが生じることが、巨大TMR効果発現の原因であることを強く示唆しています。