6-2 ウランのレモン型変形が新たな核分裂チャンネルを開く

−超重原子核274Hsの核分裂−

図6-4 274Hsのポテンシャルエネルギー曲面

図6-4 274Hsのポテンシャルエネルギー曲面

緑線は複合核を生成したのちに経由する核分裂チャンネル、赤線は準核分裂するチャンネルを表し、それぞれ対称と非対称分裂に至ります。238Uはレモン型に変形した原子核で、36Sの衝突の向きに応じて、融合と準核分裂の競合が起こります。

 

図6-5 中性子数と陽子数に対する原子核の存在領域

図6-5 中性子数と陽子数に対する原子核の存在領域

超重原子核274Hsの核分裂では、208Pbや78Ni近傍核の二重閉殻性(赤丸領域)に由来するチャンネルが形成されます。対称チャンネルは、132Sn近傍核(緑丸)の閉殻性に由来しています。

図6-6 36S+238U反応で生成される274Hsの核分裂片質量数分布

図6-6 36S+238U反応で生成される274Hsの核分裂片質量数分布

緑の矢印の成分は質量対称チャンネル、赤の矢印は非対称チャンネルを経由して核分裂が起こったことを示しています。

核分裂は、原子力エネルギー利用の基礎となる現象です。ウラン235(235U)の中性子入射核分裂では質量非対称に分裂しますが、質量数分布を正確に予測することは現在の理論でも難しく、核分裂は今なお未知の現象といえます。

核分裂を記述するモデルとして、核分裂はポテンシャルの谷(チャンネル)を通って進むという考えがあります。古典的な液滴モデルで計算されるポテンシャルでは、チャンネルは常に質量対称上に現れることになり、実験データを説明できません。実際には、核子の構造に由来する微視的効果(殻効果)を取り入れる必要があります。ウランの場合、二重閉殻であるスズ132(132Sn)の閉殻性がチャンネルの形成に関係すると考えられます。

本研究では、核分裂に与える閉殻性の影響を詳しく調べるため、超重原子核ハッシウム274(274Hs、原子番号108)の核分裂に着目しました。図6-4は、274Hsのポテンシャル曲面を計算したもので、二種類のチャンネルが見られます。一つは、対称分裂に至るもので、図6-5との対応から分かるように、132Snの閉殻性によって現れる谷です。もう一つは、ニッケル78(78Ni)と鉛208(208Pb)のやはり二重閉殻性から生じる非対称なチャンネルで、超重原子核にのみ現れます。この非対称チャンネルの存在を調べるため、硫黄36(36S)をウラン238(238U)に衝突させ、274Hsの核分裂特性を測定しました。

実験は、原子力科学研究所にあるタンデム加速器施設で行いました。加速された36Sを238U標的に照射し、生成される二つの核分裂片を同時計測することで質量分割を決定しました。結果を図6-6に示します。上の図ほど衝突させる36Sのエネルギーが高いことを示します。エネルギーを下げると、質量数分布が急激に非対称に変化しました。質量数200と74にピークが現れており、これは78Niと208Pbに由来する新たなチャンネルの存在を証明しています。

なぜ図6-6のようなエネルギー依存性が生まれるのでしょう?これは、238Uがレモン型に変形していることに原因があります。図6-4に示すように、36Sが高エネルギーの場合、238Uへの衝突角度によらず反応が起こります。赤道面に衝突すると、融合が起こり、複合核が生成されてから核分裂します。一方、エネルギーが低いと、238Uの先端部としか反応できません。このため、谷に近いところから反応が始まるので、質量非対称チャンネルに沿って分裂します。複合核を生成しないこの「準核分裂」の観測によって、新たな核分裂チャンネルが発見されました。