14-5 原子運動の全貌を中性子が明かす

−J-PARCで新しい高効率非弾性中性子散乱測定手法の実証実験に成功−

図14-10 パルス中性子源における非弾性中性子散乱実験の測定原理

図14-10 パルス中性子源における非弾性中性子散乱実験の測定原理

従来の実験手法に比べて、複数の入射中性子エネルギーを利用する新しい手法では、測定の不感時間を減少させることが可能となり、測定効率を飛躍的に向上させることができます。

 

図14-11 新しい測定手法で観測した非弾性中性子散乱データ

図14-11 新しい測定手法で観測した非弾性中性子散乱データ

CuGeO3のダイナミクス情報を視覚化した四種類の二次元マップを一度の測定で同時に得ることに成功しました。これらのデータは互いにズームイン・アウトの関係になっています。

物質内部の原子と原子の間は様々なエネルギーで結びつきつつ微小な運動(ダイナミクス)をしており、これらの原子運動が高温超伝導などの特異な機能と深くかかわっています。物質内部のダイナミクスに関する情報は、非弾性中性子散乱実験(INS実験)と呼ばれる実験手法を通じて視覚化することができますが、単一の入射中性子エネルギー(Ei)のみを使用する従来のINS実験では、測定の効率が低く、大量の試料や極めて長い測定時間を要するといった問題がありました。

私たちはこの欠点を克服すべく、複数の異なるEiを利用することによってINS実験の高効率測定を実現するというアイデア(図14-10)を提案し、J-PARC中性子実験装置「四季」の設計・建設を進めてきました。INS実験の測定効率は利用するEiの本数に比例して向上します。チョッパーの回転数を大きくすると利用できるEiの数は増加し、高分解能測定が可能になりますが、強度を犠牲にすることにもなりますので、事前によく検討して最適な実験条件を選びます。図14-11はCuGeO3という物質のダイナミクスに関する情報を「四季」で観測した結果であり、新たな実験手法によって四種類の異なる非弾性中性子散乱データが同時に得られています。図14-11の横軸と縦軸はそれぞれ位置情報とエネルギーを表しています。Eiが小さくなるに従って、観測範囲が三段階にわたってズームインされるとともにデータの分解能が上がっており(例えば、図14-11(a)と比べて図14-11(d)の分解能は40倍向上しています)、広い範囲を概観するような測定から狭い範囲を詳しく調べるような測定まで同時に行うことに成功しています。

今回実証した実験手法を用いれば、世界中の衛星写真を自由にズームイン・アウトするインターネット地図検索のように、物質内部におけるダイナミクスの全体像と詳細を一挙にとらえることができるようになり、新現象発見に至るプロセスが極めて迅速になるものと期待されます。さらに、近い将来J-PARCのビームパワーが最終目標値である1MWに達した場合には、現状と比較して約10倍の測定効率向上が見込まれ、本実験手法が物性研究のまったく新しいフロンティアを切り開くものと予見されます。

本研究は、文部科学省の平成17年度科学研究費補助金(No.17001001)「4次元空間中性子探査装置の開発と酸化物高温超伝導機構の解明」の成果です。