図8-16 本研究の概要
図8-17 大気圏内宇宙線被ばく線量可視化
高エネルギー放射線は、低エネルギー放射線と比べて生物学的な影響が大きいため、放射線治療に用いれば高い治療効果が期待できる反面、望まない被ばくを受けた場合は、重篤な影響を引き起こす可能性があります。また、航空機乗務員は、地上の約100倍の強度と言われる高エネルギー宇宙線に被ばくしており、その健康への影響が懸念されています。しかし、それら被ばくによる影響を的確に評価するためには、スケールの異なる放射線挙動解析を統合する必要があり、そのようなモデルはこれまで存在しませんでした。
そこで、私たちは、従来独立していた(1)細胞スケールと(2)人体スケールにおける高エネルギー放射線の挙動解析を有機的に統合し、個々の細胞の応答を反映させた人体の被ばく影響評価モデルを構築しました(図8-16左側)。具体的には、これまで膨大な時間を必要とした細胞スケールの放射線挙動解析を、独自の数学モデルを導入して迅速化しました。そして、そのモデルと人体など巨視的な体系に対する放射線挙動解析コードPHITSを統合し、高エネルギー放射線被ばくにより人体内の個々の細胞がどの程度死に至るか予測する計算モデルを構築しました。
また、(2)人体スケールと(3)地球スケールの宇宙線挙動解析を統合し、新たな宇宙線被ばく線量評価法を開発しました(図8-16右側)。具体的には、PHITSを用いて人体内の放射線挙動を解析し、国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告に基づくフルエンスから被ばく線量への換算係数のデータベースを世界に先駆けて構築しました。また、地球大気圏内における宇宙線の挙動を解析し、その結果をもとに、大気圏内の任意地点,時間における宇宙線スペクトルを迅速に計算可能な数学モデルを構築しました。そして、構築したデータベースと数学モデルを統合することにより、大気圏内の宇宙線被ばく線量モデルを開発し、その可視化に成功しました(図8-17)。
構築した人体内の細胞致死率計算モデルは、放射線被ばくによるリスク評価だけでなく、近年急速に普及している高エネルギー放射線を用いたがん治療の治療計画に応用することができます。また、大気圏内の宇宙線被ばく線量計算モデルは、現在、我が国の航空機乗務員被ばく線量管理に利用されています。さらに、大気圏内の宇宙線スペクトル計算数学モデルは、宇宙線が生命の進化に与える影響の評価や宇宙線強度と地球環境の相関の解明など、惑星科学分野でも幅広く活用される見込みです。