8-6 イオン液体を媒体とした高効率抽出分離システム

−金属イオン及びタンパク質抽出への応用−

図8-13 典型的なイオン液体の構造

図8-13 典型的なイオン液体の構造

 

図8-14 β-ジケトン結合クラウンエーテルによるイオン液体へのSr2+の抽出

図8-14 β-ジケトン結合クラウンエーテルによるイオン液体へのSr2+の抽出

ジアザクラウンエーテルにβ-ジケトンを導入することで、イオン液体でのみ分子内協同効果が発現し、抽出能が向上します。

 

図8-15 イオン液体へのタンパク質の抽出と生体触媒反応
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図8-15 イオン液体へのタンパク質の抽出と生体触媒反応

(a)クラウンエーテルがシトクロムcに結合することで、シトクロムc(赤色)が水相(上の相)からイオン液体(下の相)へ抽出されます。
(b)シトクロムcは電子伝達機能を有するタンパク質であり、本来、触媒(酵素)として機能しません。したがって、2,6-ジメトキシフェノールが過酸化水素によって酸化される反応は水系ではあまり起こりません。しかしながら、イオン液体系ではシトクロムcに酸化反応を触媒する機能(ペルオキシダーゼ活性)が発現するため、反応効率が大きく向上します。

イオン液体はイオンのみから構成されているにもかかわらず、室温でも液体として存在する溶融塩です(図8-13)。イオン液体は不揮発性,難燃性であり、安全面に優れることから環境調和型溶媒と言われています。また、構成イオンの組合せによって、溶媒特性を目的に応じて調節できることが最大の魅力です。例えば、イオン性・高極性を保持したまま、高い疎水性を示し、水にも有機溶媒にも混和しない二面性を同時に導入できます。私たちは、このようなイオン液体の特異的な性質に注目し、イオン液体を媒体とした抽出分離システムの開発を重ねてきました。

溶媒抽出法は金属の湿式精錬,放射性廃液の処理・処分,産業廃棄物からのレアメタル回収などにおいて有望な分離技術です。これまで、有機溶媒の代替としてイオン液体を使用し、様々な抽出剤を用いて貴金属・ランタノイド・マイナーアクチノイドの抽出を検討した結果、従来の一般有機溶媒を用いた系に比べて飛躍的に抽出分離能が向上することを明らかにしてきました。

溶媒抽出法において、二種類の異なる抽出剤を用いることで、それぞれを単独で用いた場合よりも劇的に抽出能が向上することがあります。この現象を「協同効果」といいます。ごく最近、私たちはジアザクラウンエーテルに二つのβ-ジケトンを組み込んだ新規抽出剤を合成し、ストロンチウムイオン(Sr2+)の抽出を検討しました。その結果、イオン液体系でのみ「分子内」での協同効果が発現し、有機溶媒系に比べて飛躍的に抽出能が向上する特殊な現象を見いだしました(図8-14)。

更に私たちは、イオン液体へのタンパク質の抽出に成功するとともに、イオン液体に抽出したタンパク質に酸化反応を促進する新たな触媒活性(ペルオキシダーゼ活性)が発現することを見いだしました(図8-15)。具体的にはシトクロムcというタンパク質に高い親和性を有するイオン液体を合成し、シトクロムc表面を認識するクラウンエーテルと組み合わせることで、シトクロムcの定量的な抽出を可能にしました。さらに、イオン液体に抽出されたシトクロムcは、その立体構造が大きく変化することで、機能が改変し、本来持ちあわせていない新たな酸化触媒機能が発現することを明らかにしました。