図10-2 二酸化プルトニウムの結晶構造とf電子の電荷密度
図10-3 二酸化プルトニウム(PuO2)の電子の状態密度
より安全で効率のよい核燃料を開発するためには、核燃料の性質を今まで以上に詳しく評価することが重要です。しかし、その性質の正確な測定は容易なことではありません。それは、取扱い制限によってプルトニウムなどの核燃料物質を用いた実験が頻繁に行えないという理由に加えて、原子炉内の高温状態を再現して測定することも困難だからです。しかし、このような場合でも実験に代わり計算機でシミュレーションを行えれば、燃料の性質を容易に評価できると考えられます。
物質の性質を評価するシミュレーションには様々な手法がありますが、最近は第一原理計算手法が良く使われています。第一原理計算とは電子や原子核の相互作用だけから、物質の性質を計算する手法で、経験に頼るパラメータやモデル化を必要としないため、信頼性の極めて高い計算法と言えます。しかし、これまで核燃料の構成物質のひとつである二酸化プルトニウム(PuO2)(図10-2)に対しては、第一原理計算を用いても、性質の評価に失敗することが大きな問題となっていました。その失敗とは、絶縁体であるはずのPuO2を、金属と間違って評価してしまうことです。しばらくの間、その理由はプルトニウム中にあるf電子と呼ばれる電子同士の強い相互作用(強相関効果)が反映されていないためと思われていましたが、強相関効果だけを取り込んで計算しても、やはり金属となることが分かったため、他にも理由があるのではないかと考えられていました。そこで私たちはこれまでの計算を詳細に検討した結果、強相関効果に加えてスピン軌道相互作用も必要との結論に至りました。スピン軌道相互作用とは、プルトニウムなどの大きな原子では重要な効果ですが、PuO2に対してはこれまでほとんど考慮されていなかったのです。私たちはこの二つの効果を同時に考慮することで、PuO2が絶縁体であることの再現に成功しました(図10-3)。
実際の燃料開発に必要な核燃料の性質は、熱の伝導や燃焼中の反応など、複雑かつ極限的な状況下での性質であり、その詳細な把握には、大規模な計算が必要となります。しかし、複雑な計算も第一原理計算による原子レベルの計算結果を基にすることで、経験的なパラメータをできる限り使わずにその性質を評価できるようになります。PuO2の基本的性質として、絶縁体を再現した今回の結果は、今後、必要とされる核燃料の性質の評価への確かな土台となるものです。