10-1 シミュレーションで核燃料の性質を明らかにする

−二酸化プルトニウムの電子状態を第一原理計算で再現する−

図10-2 二酸化プルトニウムの結晶構造とf電子の電荷密度

図10-2 二酸化プルトニウムの結晶構造とf電子の電荷密度

水色の球がプルトニウム原子(Pu)、赤色の球が酸素原子(O)を表しています。右面は f 電子の電荷密度を等高線で表したもので、青色から黄色になるに従って密度が大きくなっていることを示しています。また、右下手前の黄色い曲面は f 電子の等電荷密度面を示しています。これらの電荷密度は強相関効果とスピン軌道相互作用を考慮して計算した結果です。

 

図10-3 二酸化プルトニウム(PuO2)の電子の状態密度

図10-3 二酸化プルトニウム(PuO2)の電子の状態密度

上図は強相関効果もスピン軌道相互作用も考慮していない場合、下図は両方とも考慮した場合の結果です。上図ではフェルミエネルギー(エネルギーが0のところ)で状態密度が0になっていないため、本来絶縁体に分類されなければならないPuO2が金属に分類されてしまうことを意味します。一方、下図ではエネルギーが0のところで状態密度も0になり、「ギャップ」が開いていて、絶縁体に分類されることを意味します。

より安全で効率のよい核燃料を開発するためには、核燃料の性質を今まで以上に詳しく評価することが重要です。しかし、その性質の正確な測定は容易なことではありません。それは、取扱い制限によってプルトニウムなどの核燃料物質を用いた実験が頻繁に行えないという理由に加えて、原子炉内の高温状態を再現して測定することも困難だからです。しかし、このような場合でも実験に代わり計算機でシミュレーションを行えれば、燃料の性質を容易に評価できると考えられます。

物質の性質を評価するシミュレーションには様々な手法がありますが、最近は第一原理計算手法が良く使われています。第一原理計算とは電子や原子核の相互作用だけから、物質の性質を計算する手法で、経験に頼るパラメータやモデル化を必要としないため、信頼性の極めて高い計算法と言えます。しかし、これまで核燃料の構成物質のひとつである二酸化プルトニウム(PuO2)(図10-2)に対しては、第一原理計算を用いても、性質の評価に失敗することが大きな問題となっていました。その失敗とは、絶縁体であるはずのPuO2を、金属と間違って評価してしまうことです。しばらくの間、その理由はプルトニウム中にあるf電子と呼ばれる電子同士の強い相互作用(強相関効果)が反映されていないためと思われていましたが、強相関効果だけを取り込んで計算しても、やはり金属となることが分かったため、他にも理由があるのではないかと考えられていました。そこで私たちはこれまでの計算を詳細に検討した結果、強相関効果に加えてスピン軌道相互作用も必要との結論に至りました。スピン軌道相互作用とは、プルトニウムなどの大きな原子では重要な効果ですが、PuO2に対してはこれまでほとんど考慮されていなかったのです。私たちはこの二つの効果を同時に考慮することで、PuO2が絶縁体であることの再現に成功しました(図10-3)。

実際の燃料開発に必要な核燃料の性質は、熱の伝導や燃焼中の反応など、複雑かつ極限的な状況下での性質であり、その詳細な把握には、大規模な計算が必要となります。しかし、複雑な計算も第一原理計算による原子レベルの計算結果を基にすることで、経験的なパラメータをできる限り使わずにその性質を評価できるようになります。PuO2の基本的性質として、絶縁体を再現した今回の結果は、今後、必要とされる核燃料の性質の評価への確かな土台となるものです。