4-13 放射線は照射後も持続的に染色体を傷つける

−γ線照射した植物細胞の子孫で微小核が持続的に出現することを発見−

図4-25 微小核の出現とその後

図4-25 微小核の出現とその後

染色体は細胞分裂時に、動原体に付着する紡錘糸に引かれて、細胞の両端に移動しますが、動原体がない染色体断片は取り残され、分裂後に微小核が出現します。微小核が生じた細胞の一部は致死し、残りは増殖しますが、微小核は遺伝せずに消失し、細胞は遺伝情報の一部を失います。

 

図4-26 微小核を有する細胞割合の経時変化

図4-26 微小核を有する細胞割合の経時変化

40 Gyのγ線を照射した細胞と非照射の細胞を培養し、細胞集団のうち微小核を持つ細胞の割合を調べました。照射細胞では、微小核を持つ細胞は培養14日以降も非照射細胞と比べて多く、微小核の持続的な出現を示しました。

動物細胞や植物細胞は、遺伝情報の本体であるDNAとタンパク質から成る染色体を細胞核内に持ちます。放射線や酸化ストレスなどにより微小核(図4-25)のような染色体異常が生じると、そこに位置する遺伝子群が変異することがあります。最近の研究から、放射線照射後に生き延びた動物細胞では、細胞分裂で増殖した子孫細胞でも染色体異常が生じ続けることを示す証拠が得られてきました。そこで私たちは、植物細胞でも同様の現象が起こるのか明らかにするため、放射線を照射した植物細胞を培養し、照射細胞の子孫において、染色体異常の中でも識別が比較的容易である微小核の出現頻度を測定しました。

実験では、タバコの培養細胞にコバルト-60のγ線を40 Gy照射しました。照射細胞と非照射細胞を別々の容器で培養し、7日ごとに、増殖した細胞集団の一定量を新しい容器に移し替えました。また、細胞集団の一部を回収し、細胞集団全体の細胞数と微小核保有細胞の割合を、経時的に測定しました。

その結果、非照射細胞だけでなく照射細胞も活発に増殖し、照射細胞の数は、試験期間中に223倍に増加することが分かりました。また、照射細胞における微小核保有細胞の割合は、照射後2日目に最大となった後、3日目以降では、細胞数の増加を反映して減少しました。しかし、照射後14日目以降では下げ止まり、非照射細胞と比べて約2倍高い値で推移しました(図4-26)。微小核は速やかに消失することから、タバコ培養細胞では、照射後に20回以上の細胞分裂を経た後でも、微小核が持続的に出現していることが分かりました。放射線が照射細胞の酸化ストレスを高めること、酸化ストレスが微小核などの染色体異常の原因になり得ることから、照射細胞の子孫では、何らかのメカニズムで細胞内の酸化ストレスが高まり続け、微小核が持続的に出現した可能性が考えられます。

以上のように、照射した植物細胞の子孫で、微小核が持続的に生じることを明らかにしました。微小核は子孫細胞に遺伝せずに消失するため、細胞は一部の遺伝情報を失います。このように、植物細胞の遺伝情報は、放射線により傷を受けた直後だけでなく、細胞分裂を経た後でも変化することが分かりました。持続的な染色体異常の出現とそれによる遺伝情報の変化が、植物の放射線突然変異育種において果たす意義を明らかにすることが、今後の課題です。