5-3 原子炉内の腐食環境を知るために

−放射線照射下における水化学評価手法の高度化を目指して−

図5-6 原子炉内における水の放射線分解と腐食

図5-6 原子炉内における水の放射線分解と腐食

冷却材である水は、放射線を受けることで分解し、最終的に過酸化水素や酸素などの金属を腐食させる酸化種が生成されます。これらは、原子炉内にある炉心シュラウドに発生するひび割れ(応力腐食割れ)の原因になります。

 

図5-7 材料試験炉での腐食電位の測定・解析結果の比較

図5-7 材料試験炉での腐食電位の測定・解析結果の比較

腐食電位は腐食環境の指標であり、腐食電位が高くなると材料の腐食環境は厳しくなります。ステンレス鋼の照射下腐食電位(比較のためZrO2型,Ag/AgCl型及びPt型の三種類のセンサーを用いて測定)は、放射線の強さにより変化します。破線で示した解析の結果は、測定で示された変化を良く再現しています。

軽水炉の冷却材である水は、中性子線やγ線などの放射線を受けると分解し、酸素、過酸化水素などの酸化種が生成されます。冷却材は、原子炉を構成する構造材料と接しているため、そこに含まれる酸化種濃度が構造材料の腐食に大きな影響を及ぼします。例えば、過酸化水素の濃度が高くなると、構造物の溶接の際に生じる残留応力と材質劣化が重畳することによって生じる応力腐食割れ(SCC)の可能性が高くなることが分かっています。このため、原子炉を長期間安全に使用するためには放射線を受ける冷却材の水化学条件を正確に知ることが重要になります(図5-6)。

原子炉内における冷却材の水化学条件は、腐食電位の計測により知ることができます。しかし、実機の炉内で腐食電位を計測できる箇所は制限されるため、理論解析により原子炉内全体の水化学条件を評価し、所定部位における腐食電位の計測により解析結果の妥当性を確認します。そのため、研究炉を利用して多様な条件のもと信頼性の高い実測データを用いて解析手法を検証しておくことが重要です。そこで、研究炉で取得したステンレス鋼(SUS)の腐食電位測定データを解析により評価しました。測定データは、放射線強度が極低レベルからSCCが問題となっている炉心シュラウドに対応する強い条件の範囲で取得されたものです。放射線強度に対するSUSの腐食電位変化を図5-7に示します。本結果は冷却材に水素を注入した場合で、冷却材への水素注入は冷却材中の酸素や過酸化水素等の濃度を低下させる(腐食電位を下げる)目的で実施されたものです。低放射線レベルでは水素注入の効果により腐食電位も低い状態を維持していますが、放射線が強くなると酸化種生成に対する水素注入効果が不十分となり腐食電位も高くなります。理論解析による酸化種濃度から求めた腐食電位は実験データと良く一致していることから、放射線の強さに伴う酸化種の生成挙動と水素注入による酸化種抑制効果を良く再現できることが示されました。

今後は、溶融デブリ等からの放射線や海水注入の影響を受ける東京電力株式会社福島第一原子力発電所の原子炉格納容器等の腐食対策にも貢献するため、塩分に起因した酸化種の影響も扱うなど、より広い条件での水化学評価手法の高度化を図る予定です。