原子力にかかわる技術の多くは、総合科学の結集として、その基盤が支えられています。しかし原子力研究開発においては、今日的なエネルギー問題などの解決もさることながら、10年後あるいは20年後に実用化される原子力利用の新しいフェーズに対し、その端緒を拓く研究を進めておくことも必須の課題といえます。
先端基礎研究センターでは、原子力科学における無限の可能性を基礎科学の立場から掘り起こし、更にその過程から新しい学問分野を開拓し、学術の進歩と最先端の科学技術の振興を図ることを目指しています。
2010年度から始まった中期計画では、センタービジョンとして、(1)世界最先端の先導的基礎研究の実施、(2)国際的研究拠点の形成及び(3)新学問領域の開拓とそのための人材育成を掲げ、先端材料基礎科学,重元素基礎科学及び放射場基礎科学の三分野で研究を進めています。
先端材料基礎科学では、スピントロニクス材料の開発や、物性理論の高度化、重元素基礎科学では、超重元素等の核物理的性質や化合物の新しい固体物理コンセプトの開拓、そして放射場基礎科学では、ハドロン物理,生物とアクチノイド元素,放射線に関する研究及びスピン偏極陽電子ビーム技術の開発と応用といった研究を実施しています。これらの各分野間の連携や、他部門等との協力を通じ、原子力科学の萌芽となる未踏分野の開拓を目指しています(図6-1)。2010年度は、スピン流創出に関する新機構の発見,極端に陽子過剰なHg-180原子核での閉殻構造に依存しない質量非対称な核分裂の発見,四半世紀の謎とされていたウラン化合物URu2Si2の特異な相転移の解明等で顕著な成果を挙げました。これらについては次ページ以降で詳しく述べます。
先端基礎研究では長期的な視点での研究とともに、東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に起因した問題の解決に対しても、これまでに開拓してきた、新分野の研究成果の適用を考えています。例えば、これまで特殊な微生物の作用として、微生物の排出する有機酸が鉱物に吸着した金属イオンを可溶化する現象を見いだしてきました。このような微生物の機能を、有効に使うことにより、放射性物質で汚染した土壌を浄化する技術の開発を行っていきます。(図6-2)。