6-1 熱,回転,磁化運動から磁気の流れを生み出す

−スピントロニクスにおけるスピン流生成の新原理を発見−

図6-3 電子の持つ電荷とスピン

図6-3 電子の持つ電荷とスピン

(a)電子には、電荷とスピンという性質があります。電荷の流れが電流となり、スピンの流れがスピン流となります。(b)通常の電流では、上向きスピンと下向きスピンの電子が同方向に流れるため、全体としてはスピン流になりません。(c)スピン流を作るには、様々な工夫を凝らして異なるスピンを持つ電子を逆向きに流す必要があります。

 

図6-4 新しく発見されたスピン流生成法

図6-4 新しく発見されたスピン流生成法

(d)磁化を持つ絶縁体の磁石を温めると、熱の流れと共にスピン流が生成します。これを金属中で電流に変換することで、電力として取り出せます。(e)磁場中で金属を回転させると、回転方向にスピン流が生成します。(f)磁性金属中の磁化を強磁性共鳴により歳差運動させることで、隣接する半導体にスピン流を注入することができます。

今日の情報社会を支えているエレクトロニクス技術。その次世代を担う「スピントロニクス」が世界的に注目されています。私たちは、この先端技術の鍵となる「磁気の流れ」を生み出す画期的な方法を多数発見しました。

エレクトロニクスとはその名のとおり、物質中の電子を自在に操る技術のことです。この電子には「電荷」と「スピン」という二つの顔があります(図6-3)。電荷の流れが電流であり、エレクトロニクスはこの電流を制御することで発展してきました。一方、スピンとは磁気の素であり、その流れをスピン流と呼びます。スピントロニクスとは、このスピン流を電流同様に利用して、従来のエレクトロニクスを凌駕する技術革新を実現するものです。

しかし、最近までスピン流を利用することは電流に比べて難しいとされてきました。この中で、私たちはスピン流を生み出す新しい原理の解明に取り組みました。

まず、電気を全く流さない絶縁体の磁石でも、両端に温度差を与えるだけでスピン流が湧き出る現象を発見しました[1]。熱で生成したスピン流を金属中の逆スピンホール効果により電流に変換することで、絶縁体材料を使った新しいタイプの熱電発電が可能になります(図6-4(d))。

次に、物体の回転運動(図6-4(e))からもスピン流が生成されることを、一般相対性理論と量子力学に基づく厳密な理論解析により導きました[2]。この発見により、ナノスケールのモーターなど電子スピンの持つ純粋に量子力学的な回転から力学的な動力をダイレクトに取り出す全く新しい技術創出への展望が開かれました。

さらに、強磁性共鳴による磁化歳差運動(図6-4(f))を用いることで、これまで原理的に困難とされていた半導体への高効率スピン注入(従来技術の1000倍以上)を実現しました[3]。エレクトロニクスの基幹材料である半導体にスピンを注入する技術は、応用上、特に注目を集めています。

以上のような、高効率で多様なスピン流生成法の開発は、スピン流を用いた極めて消費電力の少ない電子機器などの実現に向けて大きな寄与を果たします。私たちは、スピントロニクスの研究を通じ、最先端の科学技術の振興に貢献します。