6-2 磁性体中の電子のスピンを偏極陽電子で観測

−新しい高スピン偏極陽電子ビーム技術の開発−

図6-5 高スピン偏極陽電子消滅スペクトルの測定原理

図6-5 高スピン偏極陽電子消滅スペクトルの測定原理

電磁石で磁場を印加しながら高スピン偏極陽電子を測定試料に打ち込みます。検出したγ線のエネルギーは、磁性体中の電子の運動状態を示します。

 

図6-6 ガドリニウム(Gd),ニッケル(Ni),コバルト(Co), 鉄(Fe)の電子と対消滅したスピン偏極陽電子の消滅スペクトル

図6-6 ガドリニウム(Gd),ニッケル(Ni),コバルト(Co), 鉄(Fe)の電子と対消滅したスピン偏極陽電子の消滅スペクトル

四種類の磁性体に高スピン偏極陽電子を打ち込み、消滅γ線から磁性体中の電子の運動状態を観測しました。各測定値(○)は、理論計算(実線)によって再現できます。

近年、これまでの電子の流れ(電流)を利用した電子デバイスに加えて、電子の自転(スピン)を利用した新たなデバイス(スピントロニクス)の研究が進んでいます。それに伴い、材料中のスピンを検出する新たな手法の開発も求められています。私たちは電子の反粒子である陽電子をプローブとして用い、プローブ側のスピンをそろえることによって、対象物の電子のスピン状態を解明する技術の開発に取り組んでいます。

陽電子プローブのスピンをそろえることはなかなか困難ですが、今回私たちは、68Ge-68Ga陽電子源から放出される陽電子のスピンが大きな偏りを持っていることに着目し(高スピン偏極)、核反応による68Ge-68Ga陽電子源の開発と磁性体のスピン状態研究への応用を行いました。図6-5に、今回開発した68Ge-68Ga高スピン偏極陽電子源を用いたスピン偏極陽電子消滅スペクトル測定のセットアップを示します。磁性体材料に磁場を印加しながら高スピン偏極陽電子を打ち込み、磁性体の電子と陽電子が対消滅する際に放出されるγ線エネルギーの理論値からのずれを計測しました。このずれに、磁性体電子側の運動状態などの情報が含まれています。また、スピン偏極した陽電子は、電子とのスピンが反平行の時に優先的に消滅しますが、磁場の向きによって、磁性体中の電子のスピン状態が変化し、それによってγ線エネルギー分布も変化します。図6-6では、この変化を強調するために、正磁場を印加したものから負磁場を印加したものの差としてスペクトルを描いています。その結果、今回開発した高スピン偏極陽電子源を用いた測定から、スピン偏極陽電子の消滅スペクトルに磁場反転非対称性が明瞭に現れ、磁性体の磁化に応じて、反転非対称性の度合いが異なっていることが検出でき、スピン偏極陽電子が、磁性体材料のスピン状態の研究に有用であることが分かりました。

今後は、物質内部のスピン情報だけでなく、物質表面近傍のスピンホール効果や界面近傍での巨大トンネル磁気抵抗などのスピン状態の解明に向けたエネルギー可変の高スピン偏極陽電子ビームを開発するとともに、原子空孔に吸い寄せられるという陽電子の特徴なども活かしつつ、物質のスピン状態の解明に活用していきたいと考えています。