6-3 新しいタイプの核分裂の発見

180Hgの核分裂では閉殻構造を持たない核分裂片が生成する−

図6-7 180Hgの核分裂特性

図6-7 180Hgの核分裂特性

180Hgの核分裂で生成した核分裂片の質量数と全運動エネルギー(二つの核分裂片の運動エネルギーの和)に対する計数を表します。80Krと100Ruなど質量数80と100の核分裂片が最も多く生成しました。

 

図6-8 180Hgの核分裂経路

図6-8 180Hgの核分裂経路

180Hg原子核のポテンシャルエネルギー(PE)を伸びと質量非対称度に対して計算しました。従来方法に基づく計算ですが、これまでこのような軽原子核に対する計算が行われたことはありませんでした。

核分裂の発見当時、原子核は電荷を持った液滴としてモデル化され、核分裂が起こるためには核分裂障壁を超える必要があると考えられました。しかし、この古典的モデルはウラン235(235U)の中性子吸収核分裂が大小二つの原子核に分かれることを説明できません。このため、核分裂によって生じる原子核(核分裂片)のエネルギー(質量)が考慮されました。原子核を構成する中性子や陽子はとびとびのエネルギー準位に詰まっていますが、中性子や陽子が閉殻となる核分裂片を生成すると核分裂時の系のエネルギーが下がるため、閉殻を有する核分裂が優先的に生成されると考えます。235Uの核分裂では、閉殻を有するスズ132(132Sn)の近傍核と、それと質量を補完する小さな分裂片を生成するように核分裂します。132Snが核分裂に影響する様子は、アクチノイド原子核に共通に見られます。

私たちは、核分裂片の閉殻構造が関係する従来の核分裂モデルが、安定領域から離れた原子核の核分裂に適用できるかに着目しました。このため235Uなどに比べて陽子数の比率が高い不安定原子核である水銀180(180Hg)の核分裂を調べました。従来モデルでは、180Hgは閉殻を有するジルコニウム90(90Zr)を二つ生成して分裂すると予測されますが、このような軽い原子核の核分裂が調べられたことはありませんでした。実際に180Hgの核分裂を調べると、質量数90には収率がほとんどなく、代わりに閉殻構造を持たない質量数80と100で最大の収率となり、80 Krと100Ruが生成されました(図6-7)。このように180Hgの核分裂は、235Uなどと異なり、核分裂片の閉殻が関与しない新しいタイプの核分裂であることが分かりました。

180Hgの核分裂経路を検討するため原子核のポテンシャルエネルギー(PE)を、軽い原子核として初めて計算しました。この結果、180Hgが質量対称に変形しようとしてもPEの山が高く、90Zrが生成されないことが分かりました(図6-8の点線)。一方、質量非対称な場所にPEの低い鞍部点が現れ、ここを通って核分裂すると解釈できました(図6-8の実線)。

不安定核の核分裂は、大きく変形した原子核の中性子・陽子のエネルギー準位構造を反映しており、この構造の理解は核分裂核データモデルの高度化や、重イオン核反応の解明にも役立つと考えられます。